表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/41

31

 唐突に古城へとやって来たケヴィンは、それからしばらくの間、居座った。


 エリスの体調が回復するまで、彼は森でものってきてくれていたが、そのほとんどが彼自身の胃袋に入った。エリスには、どうしても蛇やカエルを食べることができなかったのである。

 ただし、鳥の卵や野ウサギなど、時には普通の獲物もあったので、エリスはメイルが料理してくれたそれらを口にした。

 メイルは、野菜を使った料理以外も上手かった。

 何という万能なよろいだろうかと、エリスは改めて感心した。どうやら彼は仕事の合間にいとまができると、城の書庫で料理本を読んでいるらしい。それゆえの腕前のようだった。



 ケヴィンがやって来て五日が経った頃、エリスはすっかり元気になっていた。

 ただし、アシェルとは、ぎこちないまま。

 城の中で目が合っても、アシェルはふい、とそらしてしまう。

 そのたびにエリスの胸は、ずきんと痛んだ。

 彼を見つけるたびに、目で追ってしまうのが嫌になる。


 そのアシェルはというと、ほとんどの時間を寝室で過ごしているようだった。

 ……まるで以前に元通りだ。

 先日のことも謝らなきゃいけないのに、機会がない。



「あの子も、あの子なりに悩んでるのよ。きっと」


 夜、久々に化粧台の鏡に現れたミラージャが、なぐさめるように言った。

 優しい言葉に、エリスは泣きそうになる。


「……わたし、彼に謝りたい。本当はあなたに人間でいてもらいたいのよって。でも、女王にならなきゃいけない……これって勝手な話だって自分でも分かってる。でも、どうしたらいいか分からないのよ」

「どちらも大事、か……まあ、そんなこともあるわよ。世の中、簡単に決められることばかりじゃないんだから、元気出しなさい」

「でも……」


 慰めの言葉に、素直にうなずけなかった。

 ずしりと重い石を飲み込んでしまったように、胃のあたりが苦しい。


「何を心配しているの。もしかして、アシェルに嫌われたんじゃないかって思ってる?」


 ぎくりとした。


 ……そして、しゅんとなる。


「……自分のことばっかりで、嫌になるわ。自分が傷つくのが嫌なのよわたし、ひどい人間」


 アシェルがどう思うかよりも、結局はどう思われるかを気にしている。

 そんな自分が、酷くみにくい存在に思えた。

 ……最低だ。


 エリスの言葉に、ミラージャが肩をすくめる。


「それって、自然なことじゃない? 誰だって、傷つきたくなんてないでしょ」

「……そうかも……知れないけど」

「もう少し肩の力を抜きなさいって。それに大丈夫よ、嫌われてもいない。

 だって、それ、アシェルがあなたにあげたんでしょう?」


 ミラージャが鏡の中からエリスの胸元を指して言う。

 そこには、アシェルがくれた鏡のペンダントがぶら下げてあった。

 毎日、肌身離さず身につけている……それが、アシェルとのつながりになる気がして。


「ええ、もらったわ、彼に」


 月夜の晩に、互いの間にみぞが出来てしまう前に。

 あたたかくて優しくて、満ち足りるような幸せを感じた、あの瞬間に。


「なら自信を持ちなさい。それは彼にとってとても大事なものだったはず。だってそれ、セイリーンの形見だし」

「これが……セイリーンの?」

「ええ。アシェルと生き別れることになった際に、セイリーンがあげたものらしいわ」


 エリスは、ペンダントを手のひらに乗せてながめた。

 台座の真ん中にある鏡が、自分の顔を映す。


「鏡っていうのはね、魔界の入り口って言われているのよ」


 ミラージャの言葉に、エリスは首をかしげる。


「魔界?」

「そう。こちらの世界から離れていった、魔力(あふ)れるもう一つの世界、それが魔界。千年前、魔女たちは、鏡から強大な魔力を吸い上げることで魔法を使っていたの」


 初めて聞く話に、エリスは目の前の鏡をまじまじと見た。

 ……これが、魔界への入り口。


「だから、そのペンダントは、魔女だったセイリーンの一部のようなものなのよ。魔界は、死後の魂の通り道でもあるから……きっとアシェルに『見守ってる』って伝えたかったんでしょうね」


 エリスは、鏡に映ったペンダントに目をやる。

 ペンダントの鏡が光をちかりと反射した。


「彼は、そんな大切なものをあなたにあげたのよ。簡単に嫌いになんてならないわ。そう思わない?」


 ミラージャが笑う。

 つられて、くす、とエリスも笑った。


「……ミラージャ、あなたって不思議な人。アシェルのことや、魔法のこと、たくさん知ってるみたいだし、まるでセイリーンみたいね」

「アシェルのことだけじゃないわ。あなたのことも、よーく知っているつもりよ」

「わたしのこと?」


 きょとんとするエリスに、ミラージャはにっこりとした。

 エリスは、思い切ってたずねることにした。


「ねえ、ミラージャ。あなた一体何者なの? アシェルもあなたのこと知らないって。メイルと同じように、セイリーンの魔法の欠片なの?」

「魔法の欠片……うん、それは違わないわね。魔法で、私という存在がここに現れられるのは事実だし。けど……」

「けど?」


「秘密♪」


「何よそれ……」


 エリスの顔が、おいしくないものを食べさせられた時のようになった。

 ミラージャが笑う。


「そのうち嫌でも分かるわよ。その前に、アシェルと話をするのが先ね。頑張りなさい」




 ――そんな風にミラージャに助言を受けて、現在。



「………………はぁ」


 アシェルの寝室の前まで来て、とびらをノックをしようとしたところで、エリスは手を下ろした。


 ……だめだ、勇気が出ない。


 アシェルに拒絶きょぜつされたらと思うと、足がすくんで動けなくなった。

 行き場のなくなった手を見る……自分は一体いつからこんなにおくびょうになってしまったのだろう。


 彼の声が聞きたい。彼に、触れたい――なのに、今はこんなにも距離が遠い。

 二人で眠ったり踊ったりした時もあったというのに。それらが、まるで嘘の記憶みたいだ。


 ――嘘になど、したくない。


 エリスは、覚悟を決めた。


 こん、こん、としっかりはっきりノックして、待つ。



 ……だが、返事はなかった。

 扉は、開かない。


「やっぱり、だめ、か……」


 肩を落として、エリスは深いため息をついた。

 押し入る――のはさすがにできない。


 また後で来てみよう……そう思い、きびすを返して立ち去ろうとした時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ