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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

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「……メイル、本当にそれ、料理するのかい?」


 調理場で、アシェルはへびと格闘するメイルの手元をのぞき込んでいた。


 千年ぶりに見る蛇は、何だか懐かしい。

 セイリーンが魔法薬を作る材料として蛇の毒を集めることがあったが、その時に見た以来だった。

 うろこおおわれたうごめく蛇の腹を見て、アシェルは思わず自分の左(ほお)に触れる……ざらりとした感触があった。


「えええエリスさんに栄養つけていただくためなんです! わたくし、が、頑張りますよー!」


 暴れる蛇の首をまな板に押しつけて、包丁を振り上げたメイルが自分に活を入れるかのように叫んだ。


「そんな無理しなくても。エリスは蛇なんて食べたがらないと思うけどなぁ……」


 エリスの反応を思い出し、アシェルはまゆを寄せる。


 アシェルは、人間の食べ物を知っている。

 自身は生来の気質もあって、この姿でも野菜などの植物しか食べない。

 だが、蛇の肉を食べるというのは珍しいはずだった。普通は家畜などの肉だろう。


「……あのバカ王子は、こんなものばっかり食べてるのかね」


「だから言ったではないか、好物だと」


 背後からの声に、アシェルははじかれたように振り返った。

 あまり見ていて気分のよくない顔の持ち主が、少し離れたところに立っていた。


「そう怖い顔をしないでくれ。私は千年前にそなたをった、ロクシアスではないのだから」

「ケルヴィンとか言ったっけ」

「ナチュラルに名前を間違わないでくれるか……ケヴィンだ」


 困惑したようにケヴィンが苦笑する。

 アシェルは、ふん、と鼻を鳴らした。


「……で、何の用?」

「そなたと二人きりで、少し話がしたいと思ってね」


 不機嫌さを隠しもしないアシェルに、ケヴィンは笑顔で言った。

 アシェルは、そっぽを向く。

「残念だけどお断り――」


「エリスのことなんだが」


 その言葉に、アシェルが硬直する。


「話をしながらでも、城を案内してくれると助かる」


 にっこりほほむケヴィンを、アシェルがじろりとにらんだ。


「……メイル、ちょっと行ってくる」

「ははははい、かしこまりました……!」


 蛇と格闘中のメイルを残し、アシェルはケヴィンの脇を通り抜けた。ケヴィンもそれに続く。

 二人は、調理場を後にした。




 石造りの回廊かいろうを歩きながら、ケヴィンがあちらこちらに視線をやる。


「少しながめてきたが、ここはなかなかいい城だな。調度品はみな千年前のデザインなのか、見たこともない美しさのものばかりだった。外壁は年期を感じさせるが、それもまたおもむきがある」


ぼくのものじゃないよ」


 アシェルは、っ気なく返した。

 事実、これらは本来、みなセイリーンのものだ。


 エリスが倒れた後、アシェルはケヴィンと少しだけ話をした。

 彼が、にくきロクシアスではないことを知り、突然攻撃したことをびた。

 見ているだけでイライラしてしまうほどにロクシアスにうり二つのこの王子は、ロクシアスの兄の、遠い遠い子孫だと言う。

 しかし、見た目はそっくりだが、中身はさっぱりだった。

 ロクシアスはもう少し大人で、かつ陰険いんけんだった――アシェルを人質にして、セイリーンをきさきにしてしまうくらいには。


 先ほど、エリスがアシェルをかばった時、アシェルは思い出していた。

 千年前、ロクシアスがやって来た時も、セイリーンが盾になって守ってくれたことを。

 ……まるで過去をなぞるような出来事だったと、アシェルは思い返す。


 エリスがセイリーンに似ていることといい、人は千年経つと先祖返りでも起こすのだろうか――などとアシェルは歩きながら思った。その時。


 半歩後ろを歩いていたケヴィンが、アシェルの隣に並んだ。

 アシェルが眉をひそめる。


「何」


「そなた、エリスのこと、どこまで知ってるのだ?」


 問われ、アシェルは考えた。


「……知らないよ、何にも」


 出会って二週間ほど。

 エリスについて知っているのは、彼女がこの国の王女であるということ……そして、彼女と一緒にいると楽しいということ――確かなのは、心があたたかくなるということだけだ。


「そういう君はどうなの」

「私か? 彼女がおさない頃から知っているぞ。うらやましいか」

「……別に」


「いや――すまない。うらやましいのは、むしろ私の方なんだ」


 ははっ、と頭をいて笑うケヴィンに、アシェルは首をかしげる。

 何がうらやましいというのか。“本物の人間”としてエリスと出会えていることだけで、人として中途半端な存在のアシェルには、よほどケヴィンがうらやましかった。


 昨晩、エリスに、ずっと一緒にいてくれるかとたずねた。

 期待していた。

 彼女も同じ事を望んでくれていると思っていた。


 ……結果は、散々だったけれど。


 心から愛してくれる人が現れれば、人間になることが出来る――アシェルにかけられた魔法が、完成すれば起こることだという。

 長い夢の入り口に、セイリーンがそう言ったことをアシェルは覚えていた。


 長いこと、人間になる意味は見いだせていなかった。


 何のために魔法がかけられ、千年もの間、眠りについていたのか分からなかった。

 ドラゴンのままでよかったのにとすら考えていたくらいだ。


 だが、エリスと出会い、彼女と触れ合うことで、アシェルは人間になりたいと思うようになった。


 人間になれば、彼女とずっと一緒にいられると思ったから。

 共に、同じ時間ときを生きていけると思った。


 彼女は、自分を愛してくれると思った。

 ……けれど、エリスはそれを選んではくれなかった。


 自分がドラゴンとして存在する――それを彼女が望んでいるらしいことを、アシェルは昨晩はっきりと知ってしまった。


 ドラゴンの姿では、人と共には生きられない。それを、アシェルは千年前に痛感している。

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