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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

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「………………聞いてはいけない話題だったかな」


 アシェルが消えた部屋の扉を見つめて、ケヴィンが言った。


「いえ……」

「ふうむ」


 考えるようにあごでるケヴィン。

 ややすると、彼はエリスを見て、不満そうにくちびるとがらせた。


「それにしてもそなた、あのドラゴンのことを随分ずいぶんと好いているのだな」

「ぅえっ!?」


 わざとらしく明後日あさっての方を向きながら言うケヴィンに、エリスははげしく狼狽ろうばいする。


「……そ、そんな、ことは」

かくさずともよい。私にだってそれくらい分かる。好きなのだろう?」


 エリスはうつむいた。


 ……この人は、人の心が分かる人。

 言動はおバカだけれど、中身はけっしておろかではない。


「それは、愛なのかな?」


 ケヴィンがぐ向き直ってたずねてきた。

 おだやかな緑の瞳が、エリスを見つめている。


 エリスは首を横にった。

 ……分からなかった。

 この感情が何ものなのか、まだ判断ができずにいる。


「好き……なんだと思いますけど………………愛かどうかは………………」

「ふむ。()()()()()エリスがドラゴンをしたうか……せぬものよ」


 アシェルが退けたスツールにどっかと腰を下ろして、ケヴィンがつまらなそうに言った。

 エリスはあわてて否定する。


「そ、それは、わたしたちが、それぞれの国の王位(けい)しょう者だからだと申したではありませんか」


 実のところ一年前、エリスはこの王子から求婚された。


 ケヴィンはイストリアの王に、エリスはエルマギアの女王になる。

 二人が婚姻こんいん関係になれば、国同士の結びつきは強くなる。


 だが、同時に問題もあった。


 エルマギアは、歴史上イストリアの属国というあつかいが長かったため、国家の格としてはどうしても低く見られがちだ。

 そのため、もし二人が結婚すれば、エルマギアはイストリアに吸収されるということが考えられた。

 エルマギアは千年前にイストリアによって支配された国だ。国民感情を考えれば、あまりよいえん組みではない。


 それだけではない。

 もし、エリスがエルマギアを不在にするならば、大臣であるハーデュスが国政で幅を利かせるだろうことが大いにねんされた。


 それが、エリスの一番()けたいことだった。


 ハーデュスは好戦的で、母イルダに何度も領地拡大のためのいくさを打診していたのだ。

 彼には、政治を任せたくない。


 ……しかし残念なことに、いま現在、それと変わらない状況になっていた。


「だがエリス。私たちの結婚は、絶対に無理というわけではないのも、分かっているだろう? いつも言っていることだが、エリス、私はそなたを好いている」


 どきり、と胸が鳴った。

 ケヴィンはこういうことも、人を真っ直ぐ見()えて言ってくる。


 エリスは困り果てた。

 彼は、いつだって本気なのだ。冗談は、一つもない。


「……まあ、私がプロポーズした時は、まだ押せばなびいてくれると思っていたのだが、今はそういうわけにもいかないようだな。悔しいが」

「そ、そんなんじゃありません! アシェルは、ただの……」


「ただの、なんだい?」


 エリスは、かあっ、と顔を赤らめた。

 ただの、何なのだろう……自分でそこまで口にしておきながら、自分でも、よく分からない。

 彼と、自分の関係を表す、適切な言葉……それが、思い浮かばなかった。


「……言っておくがエリス、私はまだそなたが好きだ。いつだって求婚継続中なのだからな?」


 エリスは、ケヴィンのほほみにむねが痛くなった。

 この人の想いにこたえられないことが、つらかった。


 それは、自分が女王になるからだとか、国がどうのといったことではない。

 単純に、心の問題だった。


 ケヴィンのことは嫌いではない。人として尊敬もしている。

 けれど、彼に対する想いは、恋と呼べるようなものではなかった。


 恋なんてもの、王女の自分には関係のないものだと思う。

 国のために相応ふさわしい人と結婚する、それが当然なのだと。それ以外の選択肢などないのだと。そう思っている。

 だから、愛などというもの、これっぽっちも知らずに死んでいくのかもしれない。


 けれど、エリスはまだ一人の少女として、それを諦められなかった。

 もしかしたら、に後ろ髪を引かれていた。


「ケヴィン様、ごめんなさい。わたし……」

「謝らないでくれるか、まだ諦めていないと言っただろう。いつ好きになってくれてもいいのだから。

 それより……あのドラゴンも、相当そなたのことが好きと見える」


「え」


「あやつ、そなたが倒れた後、血相を変えてさわいでな。私がただの風邪だろうと言ってやると、安心したのか泣きそうになっていた。だが、そうなると、そなたと共にフェリシーダへ登城しない理由がますます分からんな」


「……ケヴィン様、実は――」


 エリスは、ケヴィンに、アシェルの身体のことを話した。

 アシェルは人間になろうとしている。だが、一度完全なドラゴンの姿になってしまうと、彼はもう二度と人間にはなれないということを。


 ケヴィンが、深刻な顔でうなずいた。


「……それは確かに、うん、とは言えないかもしれないな」

「わたしも、アシェルが人に戻れなくなるなんて嫌で……自分の都合で、彼の未来を決めてしまうのも、嫌なんです」


「しかし、そなたは、そうせねば女王になれぬのであろう?」


「それは……」


「国を背負って立つもの、生ぬるいことばかりは言っていられない。当然そなたも承知しているだろうが」


 ケヴィンの言葉が、胸にさる。

 ……分かっている。時にはつらい選択だってしなければならない。


 けれど、何かが違う気がした。その選択を選ぶべきではないと、心のどこかがうったえている。


 他にいい方法はないだろうか。

 それを探してしまう自分は、甘いのだろうか。


「……顔色が悪くなってきたようだ、少し休んだ方がいい」


 ケヴィンが、気遣うように言ってくれた。

「はい。そうします……」

「私は少しこの城の中を散策してこよう。ここは、不思議な場所だ。なんだかなつかしく感じる」


 言って、ケヴィンは部屋から出ていった。

 エリスは、ベッドに横になる。


 重いまぶたを閉じた。

 肩にのしかかるものが重すぎて、泥沼の中で身動きが取れないような気分だった。


 女王の座と、アシェルと共に生きる未来。

 ……どちらを選んだらいいのか、分からない。


(他の方法は、本当にないの?)


 考えた……だが、エリスには、それを見つけることができなかった。

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