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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第四章 彼の決意

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 エリスが気づいた次の瞬間は、朝だった。


 カーテンのすきから差し込む白い光が、時間の経過を示している。

 目が開けづらいのは、昨晩、泣きらしたからだ。


 しかし、それよりも、


「頭痛い……………………寒い……………………」


 エリスは、ベッドの上で丸まるようにしてふるえていた。

 掛け物もかぶらず冷え切った身体のまま眠ったため、どうやら風邪のたぐいをひいてしまったらしい。


 くしゅん、とくしゃみをして鼻をすすり、とにかく毛布をかき集めた。

 それでも寒い。ガタガタと、身体がこわれてしまったように震える。


「自業自得よ、わたしのバカ……」


 体調を崩してしまったのも……――アシェルを、傷つけてしまったのも。


 昨晩のことを思い出すだけで、アシェルの悲しげな顔を思い出すだけで、むねが苦しかった。

 どこでボタンを掛けちがってしまったのだろう。

 もっといい言葉があったかもしれないのに、自分勝手に事だけをいて、彼の気持ちをまるで考えなかった。


 ……最低だ。


「アシェルに謝らなくちゃ……」


 エリスは、重たい身体を起こした。ベッドから下りて、ふらつく足取りで部屋の外に出る。

 謝ってどうにかなることではないのかもしれない。

 それに、もしかしたらもう会ってもくれないかもしれない。

 ……けれど、じっとしていられなかった。彼のそばに行きたかった。




 アシェルの部屋は西塔にある。エリスの使っている東塔とは真逆の位置にあった。


「はあ…………は…………」


 距離が、遠い。エリスの息が切れる。


 途中、何度もかべに手をついた。

 足が重くて、一歩も動けない気がした。

 つらい。けれど、行かなくては――


 それは、そんな風に回廊かいろうを行くエリスが、ちょうど中間地点になるエントランスの階段に差し掛かった時のことだった。


 がっしょがっしょと音をさせて、階下をメイルが物々しく走ってきた。

 手に持っているのは――剣だ。


「エリスさん!? どうしてこちらへ……」


 階段の下から、エリスに気づいたメイルがあせったようにたずねてきた。


「メイルこそ剣なんて持って、一体どうしたの? 何かあったの?」

「お気になさらずと申し上げたいところなのですが、実は――……」



「た あ あ の も お お お お お お お お お お お お ッ!」



 外から、突然、けものたけびのような声。



 続けて、エントランスの扉が、どーん! と豪快ごうかいな音を立てて開けられる。

 そして、城の中に鮮やかな金髪の男が一人、転がり込んできた。


われはイストリア王国第一王子、ケヴィンである! エルマギア王国王女エリスティーナ姫を取り戻しにまいった!


 悪名高きドラゴンよ、いざしんみょうにせえええいッ!!!!」


「け、ケヴィン様……?」


 白銀のかっちゅうに赤いマントを羽織はおり、剣をかまえて乗り込んできた人物を見て、エリスは間の抜けた声を上げた。

 目を凝らして確認するも、見間違いではないようだ。

 こんなところで見るはずのない人が、目の前にいる。


「おおっ? エリスではないか! 無事か! よかった!」


 エリスを見て、ケヴィンは太陽が輝くような満面の笑みを浮かべた。

 だが、階段下のメイルを見て再び剣を構え直す。


「ややっ、あやしげなよろい! 貴様がエリスを捕らえているドラゴンの手下だな! かくッ!」


 ケヴィンがメイルにりかかる。

 メイルは、あわあわと受け流すので精一杯だ。

 きいんっと甲高い音。

 ケヴィンの一振りに、メイルの剣がいとも簡単にはじき飛ばされた。

 メイルが、がっちゃんと尻餅しりもちをつく。


「あわ、あわわわわわ……」


「もらったあああああッ!!」


 後ずさるメイルの頭上に、ケヴィンの剣が振り上げられた。

 エリスはあわてて叫ぶ。


「おやめください、ケヴィン様! その鎧は、いい鎧なのです!」


 ――ケヴィンが、ぴたりと動きを止めた。

 剣を振り上げたまま、しげしげとメイルを観察するように見る。


「いい鎧? ふむ、確かに年代物のようだが……!」


 そうじゃない、そうじゃないのだとエリスは頭を抱えた。

 困った。毎度のこととはいえ、この王子、相変わらず《《おバカさん》》のままである。


「ケヴィン様! その者を攻撃するのはおよしください、彼はわたしの友人です!」

「友人? なんと、これは失敬しっけいした。てっきりドラゴンの手下かと……」


「なんだい、随分ずいぶんさわがしい」


 その時、エリスの反対の回廊からアシェルが現れた。

 彼がエリスを見て気まずそうな顔をしたのは一瞬のこと。ケヴィンを見て、幽霊でも見たように目をみはった。


「ロクシアス……!? なぜ――」


 つぶやいた直後だった。

 ぴしりと空気の割れる音で、アシェルの身体が半竜化する。


 まろやかだった爪の先が凶暴なかぎ爪に変わった瞬間――アシェルは、階下のケヴィン目掛けてんだ。

 ケヴィンが待っていたとばかりに剣を構え直す。


「貴様が伝説のドラゴンだな! 人に姿をいつわるとは、れつな!」


 鈍色にびいろに光を照り返すアシェルのかぎ爪を、ケヴィンの剣が激しく受け止めた。

 ぎりり、と硬質な金属同士がこすれ合うような高い音がひびく。


「下劣だと? お前にだけは言われたくないな! セイリーンにきょうな取引を持ちかけて、さらったくせに! 今度はエリスまで連れて行こうっていうのか!」

「攫うだと? わけの分からぬことを。貴様、何の話をしているのだ!」

「とぼけるな、ロクシアス!」


 階段の上、二人の会話を聞いていたエリスは、はっとした。

 始まりの魔女セイリーンを攫ったエルマギア初代の王――その名は、ロクシアス。

 彼は、《《目の覚めるような金の髪をした男》》だったという。


 アシェルは、ケヴィンを、そのロクシアスと間違っている?


「アシェル! 違うの、その人はロクシアス様じゃないわ! アシェル!」


 声が、彼に届かない。

 アシェルの目は、眼前のケヴィンしか見ていなかった。

 ぶつかり合う剣とかぎ爪。エリスは階段を駆け下りる。足下がふわふわするが、構っている場合ではなかった。二人を止めなくては。


「ぐっ……!」


 かぎ爪を剣でいなしたケヴィンが、そのままアシェルをり飛ばした。

 アシェルの身体が吹き飛び、かべに叩きつけられる。

 アシェルのはだが、めり、とさらに硬化した。

 竜に、近づく。


まわしきドラゴンよ、ねッ!」


 ケヴィンが剣を振りかぶった。

 ちゅうちょなくアシェルに向かい振り下ろされる――


「や め て っ!!」


 エリスは無我夢中で、二人の間に飛び出した。

 両手を開き、ケヴィンの前に立ちはだかる。


「エリス……っ!?」


 狼狽うろたえたケヴィンが、剣をエリスの眼前でぴたりと止めた。


「な、何て危険なことを……なぜだエリス、どうしてそのドラゴンをかばう!」


「わたしの大切な人だからです!」


 エリスがアシェルを庇うように抱きしめながら叫んだ。

 アシェルが、びくりとする。

 半竜と化したぎょうの姿のまま、彼はエリスを見つめて呆然ぼうぜんとしていた。


 ケヴィンが、剣を下ろしながらしゃくぜんとしない様子で言う。


「訳が分からないな……君は、そのドラゴンにとらわれていたんじゃないのか、エリス」


「違うわ。そうじゃないの、そうじゃ…………あ……」


 ふいに、エリスの視界がゆがむ。

 頭がくらりとれ、意識が遠のく。

 気持ち、悪い――


「エリス!」


 そのまま倒れ込んだエリスを、力強い両腕が抱きめた。

 遠くの方で、アシェルの悲痛な叫び声が聞こえる。エリス、エリス大丈夫、エリス……その声が、聞こえなくなる。


 エリスは、返事をしようとした。

 大丈夫よアシェル。わたしは大丈夫だから……


 エリスの意識は、そこで途切れた。

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