24
「………………アシェル、わたし、あなたにお願いがあるの」
エリスは、ここへと来た理由を彼に話すことにした。
彼に伝えるか、ずっと今まで悩み続けた言葉を。
「わたしは魔女の子孫として、ドラゴンを従えてフェリシーダ城に帰還しなければならないの。それはわたしが女王になるために、国を守るために必要なことなの。だからアシェル――……あなたに、一緒に来て欲しいの」
言い終えて「失敗した」とエリスは思った。
アシェルが深く傷ついたような顔をしていたから。
「……僕を利用するってことかい? 人間じゃなく、“ドラゴン”として」
「それは――」
「否定できないだろ」
アシェルが、エリスから身体を離した。
項垂れて、自嘲気味に笑う。
「……君は、僕にドラゴンになって欲しいんだね。そうでなければ、僕に利用価値はないから」
「違っ……わたし、そんな風に思ってないわ! わたしは、ただ――」
「君は、ドラゴンである僕が必要なんだろ……
……人間の僕じゃなくて、ドラゴンの僕が!!」
エリスは言葉を失った。
違う、とは言えなかった……彼の、言うとおりだったからだ。
アシェルは、とても悲しそうな目で、
「……僕は、行かない」
そう言ったきり、エリスに背を向けて歩き出してしまった。
城の中へと戻る扉に手をかけ、行ってしまう。
その場に残されたエリスは、呆然と彼の消えた扉を見つめていた。
……人間になろうとしているアシェルを、否定したのではない。
けれど、彼はそう受け取ってしまったのだろう。
それは、好きだと言ってくれた彼を拒絶するに等しい言葉だった。
ドラゴンである彼が必要だということは、彼が人間になることを望んでいないということになる。
共に歩むことを望んでいない……そういう残酷な意味を持ってしまう。
人とドラゴン。
ずっと一緒にはいられない。
それは、遠い千年前に魔女セイリーンが、アシェルと離ればなれになった理由でもある。
アシェルは、それを思い出したに違いない。
エリスが、それを望んだと思ったに違いない。
「違うの……違うのよ、アシェル……」
つ、と何かが頬を伝う。
エリスは、目元に触れた。
涙だ。
ぽろ、ぽろ、と目からあふれる。
悲しくて、胸が痛くて――止まらない。
エリスは自分を叱った。
泣いていいのは自分じゃない。彼を傷つけたのは他でもない自分なのだから。
アシェルの方が、もっと、ずっと、悲しくて苦しかったはずなのだから。
……けれど、だめだ。嗚咽が止まらない。
彼の気持ちを思うと、どうにもならなかった。
「ごめんなさいアシェル、ごめんなさい、ごめんなさい――」
中庭に、エリスの謝罪の言葉が響く。
……どれくらいそこで泣いていたのか。
やがて、冷たくなってきた夜風に耐えられなくなったエリスは、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたまま部屋へと戻った。
茫然自失の状態だったので、どのような経路をたどってきたかは分からない。
先ほどまでアシェルと楽しく踊っていた幸せな時間が、嘘のようだった。
エリスは、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。
まるで、イルダの葬儀の後のように枕に顔を埋めて、涙を流すままにした。
身体は冷え切っていたが、心ほどではなかった。
ダンスの時あんなにあたたかかった心が、真冬の海に投げ出されたように、今は凍てついてしまっている。
「目が覚めたら、全て夢だったらいいのに……」
何もかも。アシェルを傷つけたこと――自分がこの城に来たことも、お母様が死んだことすら夢だったらいいのに。
そうであれば、涙を流すこともなくて済むのに。
エリスは目を閉じて、思った。
このまま朝が来なくてもいい。このまま時間が止まってもいい、と……




