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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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 さんざん笑ってから、アシェルは「はー」と息をき出した。

 エリスを見て、うす紫色のひとみを細めて、話を続ける。


「……セイリーンはね、戦いで傷ついた僕をこの城ごと眠りの魔法にかけることにした。封印とも言うね。僕の傷をやすためでもあったし、ドラゴンを遠ざけたいバカ王子のたのみでもあったんだ……けど、彼女は言ったんだ。

『一番の目的は、あなたを幸せにするためよ』って」


「幸せに? 城に、封印することが?」

「僕にも、意味が分からなかったよ。だから眠りから目覚めて、自分の身体が人のそれになりかけていることに気づいた時には混乱こんらんした。だけど、彼女は僕を眠らせる前に言ったんだ。『未来で、素晴すばらしい出会いがあなたを待っているわ』って――

 ――エリス。僕は、君との出会いが()()だって思うんだ」


 きゅっと、アシェルはエリスの手に力をこめた。


 エリスは、握られた手から、彼の熱が伝わってくるのを感じた。

 とくん、とくん、とみゃく打つ自分の心臓の部分までが、あたたかくなるような気がした。アシェルも、同じ感覚なのだろうか……

 

「あっ、そうだ! エリス、おどろうよ!」


 唐突にアシェルが立ち上がった。


「え……?」


 エリスは手を握られたまま目をぱちくりさせる。

 ……踊る?


「セイリーンがね、ダンスは素晴らしいものよって言ってたんだ。どんなものかは知ってるんだけど、僕、人間になれるなら、一度やってみたいって思ってたんだ。エリスは踊れるんだろ?」

「それは、もちろんだけど……」


 エリスだって、伊達だてに王女をやっているわけではない。

 とう会ではじをかかないようにと、きちんとダンスのレッスンも受けているし、自信もそこそこある。

 けれど、


「でも、ここで?」

「うん」

「音楽もないのに?」

「あー…………そうだね。うんと……それじゃ、僕が歌うよ。だめ?」

「だめじゃないけど」


 くすくすとエリスは笑った。

 彼の懸命けんめいな案がおかしかったのだ。


「それじゃ」

「きゃ」


 ぐいっ、と手を引っ張られて、エリスは立ち上がる……と同時に、アシェルのうでの中にっ込んでしまった。


「~~~~っ、もう、急すぎるわよ! そんなに強引じゃ、踊れないんだから」

「エリスが教えてくれるから大丈夫」

「全然、大丈夫じゃないわよ。まったく……ほら、手はここと、ここよ」


 アシェルの右手を背中にみちびいて、エリスの左手は彼のかたに。右手は彼の左手をにぎった。


「それで、音楽に合わせて動くの。歌は――」

「任せて」


 自信満々にアシェルが口ずさんだ歌に……エリスは、目を見開いた。


 それは、母イルダがよく歌ってくれた子守歌の旋律せんりつだった。


 ……懐かしい旋律に、エリスは微笑んだ。


 一歩、動き出す。


 アシェルには、ダンスの才能がありそうだった。エリスの動きに、きちんと合わせてくれる。

 見た目も申し分ないので、彼がもし舞踏会に出るようなことがあれば、きっと注目のまとになるだろうと思った。


 星たちが見守る空の下で、エリスとアシェルは一つになり小さくれ続ける。

 風に色とりどりの花や草木がさわさわと揺れて、まるで歌に合わせた楽曲をかなでているようだ。

 エリスが小石につまずいて小さく体勢をくずすと、アシェルが優しく抱き留めてくれる。

 ……エリスは、彼の広いむねに寄りかかったまま踊り続けた。

 彼の腕の中はまるで揺りかごで眠るような心地よさで……踊ることをやめてしまうのは、何だかもったいない気がしたのだ。


 ――やがてアシェルの歌が終わった。

 同時に、二人の足も止まる。


 エリスは顔を上げた。

 アシェルと目が合う。


 ……息が、できなくなった。

 彼のうす紫色の目が、ぐに、自分だけを見つめていて。


 アシェルの左手が、エリスのあごれた。

 静かに、遠慮えんりょがちに、長いまつげをせながら、彼の顔が近づいてくる。

 心臓の音しか聞こえなかった。


 自分の?

 それとも、アシェルの?


 くちびると唇にいきがかかるくらいの距離。


 そこから最後の一線がえられようとして――


 ――だが、エリスは、アシェルの口を両手でふせいだ。


「……………………………………………………エリス?」


 アシェルが不可ふかかいそうにまゆを寄せて、エリスの手の下でもごもごとつぶやいた。

 大変に不満げである。


「だ、だから、こういうのは夫婦じゃないとって」

「むー。おかしいなー、今、許してくれる絶好ぜっこうのタイミングだと思ったんだけどなー」

「た、タイミングとか、そういうことじゃないの!」


 エリスは、アシェルからはなれて背中を向けた。

 ……全く、何てだんすきもないドラゴンなのだ。

 どうしてこう、どきどきするようなことばかりするのだろう。顔が熱くて熱くてたまらない。

 エリスが、そんな顔のほてりを冷まそうとしている時だった。


 ふいに、エリスの胸元に、小さな重みが落ちた。


 見れば、アシェルがいつも首にげていた鏡のペンダントだ。

 それが、エリスの首にかけられている。


 エリスは、慌てて振り返った。


「えっと、アシェル。これ……」

「君にあげるよ」

「え…………そんな。いいの……?」


 うん、とアシェルはうなずいた。


 エリスは、ペンダントに目をやった。

 せいな宝石細工がほどこされた台座の真ん中に、まあるい鏡がはまったものだ。月光を反射して、ちかりとかがやく。


 ペンダントは、エリスが出会った時から彼の胸元にいつもあった。

 外しているところなど、見たことがなかったというのに……


 ……そんな大事なものを、わたしに?


「うん。セイリーンが、大切な人が出来たら渡すようにって言ってたから」


 エリスは、どきりとした。

 大切な人――その言葉に、心臓がそくに反応する。


 それをしずめる間もなかった。

 アシェルが手を握って、真っ直ぐに見つめてくる。



「僕と、ずっと一緒にいてくれるよね?」


 エリスは返事にきゅうした。

 答えられなかった。

 その言葉が何を意味しているのか、分からないほどおろかではなかった。


 けれど、エリスがここにいるのは、そもそもドラゴンを従えて女王としてフェリシーダ城に戻るため。

 エリスは思い出す。そう、彼を連れて行かねばならない。


 女王に、ならなければいけない……

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