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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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「え……?」


 突然のアシェルの問いに、エリスは目をしばたたく。


「このままドラゴンに一度もならず、魔法が完成すれば、僕は完全な人間になれるらしいんだ。人に、愛してもらう必要があるみたいだけど」


「ミラージャから聞いたわ……そうみたいね」

「うん? ミラージャ? 誰だい、それ。城にいるの?」

「え……? し、知らないの……?」

ぼくが知っているのはメイルだけだよ?」


 アシェルがうそをついている素振そぶりはなかった。

 エリスは、疑問に首をかしげる……では、先刻せんこく話したあの鏡の女性は、何者なのだろう?


「……まさか、幽霊、とか……?」


「え、なに? 君そんなの信じてるの?」

「ち、違うわよ!」


 アシェルが、くつくつと笑うので、エリスはむきになって否定した。


「メイルと同じように、セイリーンが魔法で作ったのかな。僕が会っていないだけかも」


 そうなのだろうか。

 今度ミラージャに会ったら聞いてみようかな、とエリスは思った。


「………………ねえ、アシェル。セイリーンの話を聞かせて?」


 エリスは、アシェルから身体をはなして言った。

 アシェルの大切な人、自分のごせん様――彼の言葉で、どんな人だったのか、聞いてみたいと思ったのだ。



「セイリーンかあ。彼女は――……そうだね。変な人だった」



 どんな素敵な話が聞けるのかと期待していた、その矢先に飛び出した第一声に、エリスの身体ががっくりと折れた。


「へ、変な人……?」


 アシェルが苦笑する。


「……一言で言うと、そういう人だったんだ。魔女ってのもあっただろうけど、そもそも、はぐれドラゴンをひろうような人だったんだよ。変な人だって、周りの人がいつも言ってた」


 アシェルは上を向いた。エリスもつられて見上げる。

 夜空に散らばった星が、月光に対してひかえめに輝いていた。


「……でも、とても優しい人だった」


 星々の作りだす星座の線を、視線でなぞるようにしていたアシェルが、一点を見つめたまま、ぽつりと言った。

 大切な星を見つけたのかもしれない、とエリスは彼の横顔を見て思う。

 それがどれなのかは、エリスには分からなかったが。


「……しんしんと雪の降る、冷たくて寒い冬の日だった。魔界に帰るドラゴンのれの中から、僕ははぐれてしまってね。犬ほどの大きさしかなかった僕は、まだとても小さな、木々の集まりでしかなかったこのドルミーレの森で、降り積もる雪に埋もれてふるえていた……そこを、薬草をみにやって来たセイリーンに拾われたんだ」


 千年前のことだろう。

 この辺りは、まだ都だった。


「彼女は、僕を都の住まいに――この古城に連れて帰り、育ててくれた。城には彼女しか住んでいなかったからよかったんだけど、城の周囲に住む人々はいい顔をしなかったよ。幸い、僕は草食竜だったから人を食らいたいという衝動はなかったんだけど、それでも人々は僕をおそれた。だから僕は、彼らに迷惑をかけないようにとセイリーンに教育されたんだ。彼女が人間にするように教えるものだから、僕は自分が人間なのかドラゴンなのか、途中から分からなくなった」


 人語を理解するドラゴンだからこそ出来たことだったろう。

 セイリーンは、人間界での生活のいろはを、アシェルに根気強く教えたらしい……こく一刻と身体が大きく成長してゆく彼に、服を着せることだけはあきらめたらしいが。


 アシェルは、千年前の世界のことも話してくれた。

 千年前は、まだ魔界と人間界の距離は近くて、そのために人間界も魔力に満ちていたという。

 今は全く見られないが、空をドラゴンの群れが飛んでいくことも時々あったらしい。

 セイリーンのように魔法をあつかえる者も、めずらしくはなかったそうだ。


 ただ、セイリーンは、その中でもとりわけ強い魔法が使える魔女だったらしい。

 そのため彼女は、国を守るという職務をその時の王からさずかっていたそうだ。


「僕がはぐれたドラゴンの群れは戻ってこなくて、僕は二年ほどセイリーンとの城暮らしを続けていた。何事もなく、平和だったよ。とても楽しい日々だった。けど、彼女が二十三歳の誕生日をむかえた頃……戦争が起きた」


 おだやかだったアシェルの表情が、影が差したように暗いものに変化した。


「セイリーンは、魔法を駆使くしして戦ったよ。ただ、相手の国は兵力が比じゃなかった。戦いは五年ほど続き、しょうもうしたセイリーンは、この城で力を回復させるために眠りについた……その頃の僕は、馬くらいの大きさにまで成長していてね。彼女が眠っている間、城の入り口で城を守っていたんだ。城の周囲には魔法で防御壁が張られていたから、並の兵士は入って来られなくて、僕は毎日そこで見張りをするだけだったんだ――けど」


 苦いものでもくだいたかのように、アシェルが顔をしかめる。


「……相手国の王子が、単身で乗り込んできた。魔法がかけられた剣を持っていて、それで防御壁をやぶったんだ。僕は、セイリーンを守るために戦った……けど……負けた」


 ぎり、とくやしげに拳を握りしめるアシェル。

 エリスは、そっと彼の拳に手を重ねた。アシェルの表情が幾分いくぶん和らぐ。


「……殺されると思った。でも、そうはならなかったんだ」


「どうして?」

「セイリーンが起きてきて、僕を助けてやってくれって、王子にたのんだからさ……そうしたら、そのバカ王子、何て言ったと思う?」

「? さあ……何て言ったの?」


 エリスが首をかしげると、アシェルが苦々しい表情で答えた。


「『貴女の要求をもう。その代わりに、私のきさきになってくれ』だってさ……あんちくしょうめ」


 当時の光景をまざまざと思い出しているのだろう。

 苦々しい顔で、はっ、と鼻で笑ったアシェルは――それから、弱々しく肩を落とした。


「……セイリーンは、バカ王子の交換条件を受け容れたよ。そしてバカ王子は、この地の王を追っ払った後、彼女を妃にして新しい国をつくったんだ」

「あの……いま気づいたんだけど、そのバカ王子って、わたしのご先祖様じゃ……」

「え? …………あ」


 一瞬の沈黙ちんもくの後、アシェルはとても気まずそうな顔をした。

 けれど彼は、何かに気づいたらしい。


「あはは、そっか! はははっ!」


 突然、そんな風に笑い出した。

 きょとんとするエリスに、笑い止んだアシェルが説明する。


「……つまり、バカ王子がいなかったら、僕は君に会えなかったわけだ。まさか、あいつに感謝する日が来るなんて、これっぽっちも思わなかったよ。そっか……はは……」


 エリスがかさねた手を握り返して、アシェルは心底おかしそうに笑った。

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