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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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 はぁっ、とため息をつき、エリスは身体を起こした。


 ……アシェルのことばかりが頭をよぎる。

 そのせいで目がえてしまって、まったく眠れそうになかった。

 起きていてもいいのだが、翌日いつも通りに生活できないのも考え物である。

 

 さて、どうやったら眠れるだろうと考えて――エリスは、ふと思い出した。

 中庭に、紫色の花をつけた植物が生えていたことを。


 あれは、恐らくくんそうだ。

 その香りに沈静と安眠の効果があって、枕元に置くだけでよく眠れたのをエリスは思い出す。子供のころ、眠れずにぐずるエリスに、よくイルダが与えてくれたものだ。


「……ここでじっとしていても時間の無駄むだよね。いただいてきましょう」


 そう決めたエリスは、ベッドから抜け出した。

 目はすでに暗闇に慣れていたので、しょくもいらないだろうと手ぶらで部屋を出る。



 古城の回廊かいろうは、夜の中、白い月光を受けてしずまり返っていた。

 まるで静かな湖のほとりにいるような気分になる。


 幽霊でも出そうな感じがするが、出たところでいまさら素直におどろけるか、エリスには疑問だった。

 既にメイルやミラージャと会って、そういった不思議には驚きくしているような気がするのだ。


 回廊からとびらを開け、エリスは中庭へと出た。

 心地のよい春の夜風が、咲き乱れる花の香りを運んでくる。

 その香りにさそわれるように視線を向けて……エリスは「あ」と声を上げた。


 胸が、とくん、と一つ鳴る。


「あ」


 同じような声を出したのは、石造りの腰掛けに座っていたアシェルだ。

 薫衣草の一枝を指先でもてあそんでいた彼は、驚いたようにエリスを見て……それから、まどうように手元に視線を落とした。

 その仕草に、エリスは、先ほど自分がアシェルを傷つけてしまったことを思い知った。


「アシェル……」


「や、やあ。どうしたの、こんな時間に」

「眠れなくて…………その、薫衣草をいただきに来たの……」


 そこまで言って、エリスは自分がネグリジェのままだということに気づき、ずかしくなった。布が薄くて、何だか頼りない……


 人の男であれば、何か反応を見せたのかもしれない。

 だが、アシェルは《《そう》》ではなかった。特に気にする風もなく話を続ける。


「僕も同じ。眠れなかったらこれのにおいをげって、セイリーンがよく言ってたから……ああ、これでよければ、はい」

 そう言って、アシェルは薫衣草の枝をエリスに差し出してきた。

「ありがとう」

 エリスは、そっと受け取る。

「どういたしまして。えっと……それじゃ、僕はこれで」


「ま、待って、アシェル!」


 腰掛けを立って去ろうとしたアシェルの手を、エリスはあわててつかんだ。

 アシェルが、驚いた様子で足を止める。


「えっと……その……………………さっきは、ごめんなさい……」

「あ――……ううん。僕がいけなかったんだ。子供みたいにはしゃいじゃって……ようりゅうの時に眠りについたからかな。千年も生きてて、今じゃ大人になってるのに、気持ちは全然、成長してないみたいだ。君がいやがるとも考えずに、べらべらと勝手なことをしゃべって、本当、馬鹿みたいに――」

「ち、違うの!」


 アシェルは、きょとんとしてエリスを見た。

 エリスは、無意識ににぎった彼の手に、ぎゅっと力をこめた。

 ……勇気を振りしぼって、言う。


「嫌だったんじゃない……あなたの言葉、嬉しかったの。ただ、恥ずかしかっただけで……どんな顔をしたらいいか分からなかったの。それでわたしは逃げ出したのよ……だから、あなたは悪くない。わたしが、悪いの……」


 言い切って、アシェルの手を握っていたことに気づく。


「ご、ごめんなさい」


 慌ててエリスがはなそうとした手――それを、今度は逆にアシェルが捕まえた。


「君は悪くないよ。悪くない」

「でも……」


 ええと、とアシェルは考えるように視線を彷徨さまよわせて……苦笑した。


「……それじゃ、どっちも悪かったってことにしようよ。それでいい?」

「でもわたしが……」


 言いかけて……エリスは、やめた。

 せっかくアシェルがざんの堂々《どうどう》めぐりに対する終止符を打とうとしてくれているのだ。乗らないわけにはいかないだろう。


「……アシェル。少し、話をしない?」

「君といられるなら、喜んで」

「もう、そんなこと言って……どうせ、わたしのにおいが元に戻ったら、嫌がるんでしょう?」

「そんなことないと思うよ。そりゃ、あのにおいは嫌いだけど……

 ……でも、僕は今、君が好きだってことを知ったから」


 腰掛けに座った瞬間にそう言われ、エリスはどきりとした。

 好き――その言葉に反応してしまう。

 隣りに腰を下ろしたアシェルをそろりと見上げる。手は握られたままだ。


「……好きって、どうして?」


 アシェルがエリスを見つめ返して、薄紫色の瞳をおだやかに細めた。


「君はあの時、僕から目をらさなかっただろ」

「あの時って?」

「最初に会った時さ。僕がはんりゅう化して見せた時、君はおおかぶさる僕から目を逸らさなかった。しかもその後、『きれいな目』なんて言ったんだ」


 確かに言ったけど、とエリスは、アシェルを最初に起こした時のことを思い出した。

 でも、それがどうして「好き」につながるのだろう?


「千年前の世界では、僕の目を見たやつらは、僕が幼竜だったのにも関わらず、食われるだのおそろしいだのとしか言わなかったんだ。目を見て話してくれるのはセイリーンだけだった。だから彼女以外にそうしてくれた君に、僕がどれだけあせって……うれしかったか、分かる?」

「……でも、あなたには『くさい』って部屋を追い出されたわ」

「う、あれはあやまるよ。でも、あれは、」

「ドラゴンだから鼻がくのよね。それじゃ仕方ないわ――」

「エリス」


 ぐい、と手を引かれ、抱きしめられ……エリスはだまった。


「ごめん」


 彼なりの謝罪しゃざいのようだった。

 うでの中、彼のいるような声が振動となって伝わってくる。

 ……エリスは、アシェルの背中にそっと手を回した。


「だから仕方ないって言ってるじゃない。許してるわよ、もう……ってアシェル!?」

「はあ、いいにおいだ……」


 どさくさにまぎれ、アシェルはエリスの首筋のにおいをいでいた。

 エリスは彼の背中をつねってやった。「いて」とアシェルが顔をはなす。


「……そんなにレディのにおいを嗅ぐもんじゃありませんって、セイリーンに教わらなかったの?」

「だって彼女がいた頃は、僕、ただのドラゴンだったし」

「でも、今は人間……に、なりかけてるんでしょう?」

「みたいだねぇ」


 他人事のように、エリスを腕に抱いたままアシェルは言った。

 それから、思いついたように続ける。


「……ねえ、エリス。エリスは、僕に人間になって欲しい?」

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