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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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「ねえ、アシェルはあっちでしょ。ほら、あっち」


 よいの食事の席。

 アシェルが、まるでしんがするように椅子いすを引いて座らせてくれたのだが、そこからエリスのそばを離れない。


 たまりかねたエリスが向かいの席を指さすと、アシェルがねたようにほおふくらませた。


「君のとなりで食べたいんだけどな」

「もうあっちに食事が並べてあるでしょ」

「うーん、そっかぁ……じゃあ、メイルにたのんで、次からは君の隣に並べてもらおうっと」


 一人で納得なっとくし、向かいの席に着くアシェル。

 しかしぐ見つめてくるので、エリスはこれも落ち着かない。


 目が合った彼がにこっと笑ったので、エリスはあわてて目をらした。


 ……先日までとまるでちがう態度に、エリスは困惑こんわくしていた。

 最近、ずっとこの調子なのだが……本当に、何が彼の心をこうまで動かしたのだろうか。


「ご主人様、今日もごげんがよろしいようですね」


 きゅうしながら話しかけるメイルに、アシェルが満足げに笑った。


「エリスがいてくれるからね。毎日楽しくて仕方ないよ」

「それはそれは、ようございました。

 そう言えば、もうこの前のようにご一緒にはお眠りにならないので?」


 エリスは、食べていたものを吹き出しそうになった。

 そんなエリスの様子には気づいていないらしく、アシェルは至って真剣な顔で、


ぼくは頼んでるんだけど、エリスがきょするんだよ……ねえ、エリス、だめ? 今晩とか、どう?」

「……っ、『どう?』じゃないし、だめです! だからそんな期待を込めた目で見ないで!」


 拒否されて、アシェルが、あからさまにしゅんとした。

 メイルも心なしか残念そうだ。


 ……エリスは、二人に言っておかねばならないと思った。


「わたしはよめ入り前の女……それも王女なのよ。そうそう簡単に男の人と――あなたがドラゴンだからといって――い寝なんてできないの。セイリーンがしてたからって、わたしはだめ」

「僕、セイリーンとは添い寝なんてしたことないよ? まくらにされたことなら、あるけど」

「……へ? だ、だって、あなた――」


 先日を思い返して、エリスは目をまたたいた。


 そう言えば確かに、そんなことは一言も言われていなかった、ような……


 ……てっきり子供の頃の彼は、セイリーンと共に眠っていたと思ったのだ。

 だから、ずかしかったけれど、ことわらなかったのに……


「言っただろ、君がセイリーンじゃないのは知ってるって。今の僕は、君がよかったんだよ、エリス」


 その言葉に、エリスの耳が、かあっと熱くなった。

 真っ白なテーブルクロスの中にもぐってしまいたくなった。


 メイルが聞いているのに!

 どうしてそんなことが平気で言えてしまうの……!


 あまりのしゅう的な状況に、エリスはそれっきり口を閉ざした。

 無言で、黙々《もくもく》と食事を続けた。

 アシェルが何やかやと話しかけてくるが、無視する。

 そうしてエリスはいそいそと食事を終えると、呼び止めるアシェルの声を振り払うようにして食堂を出た。


 すぐに湯浴ゆあみして、部屋へともる。化粧台の前に腰かけ、くしで髪をいていた……

 ……が、そこでエリスは、ようやく動きを止めた。


「はあ……」


 櫛を置き、鏡の中の自分を見つめてため息をつく。

 ……アシェルは何にも悪くない。

 一緒に眠ってしまったのは、自分の勘違かんちがいの結果だ。

 なのに、あんな風に無視してしまうなんて……きっと彼を傷つけたに違いない。

 だが、しかし、


「あんなこと言うなんて、反則よ……」


『君がよかった』。

 ……そんなの、甘い口説くどき文句にしか聞こえないではないか。


 アシェルに他意たいがないのは、エリスにだって分かる。

 彼はドラゴンだから。だから、エリスが考えるような他意は持ちあわせていないだろう。

 けれど、だからといって、あんな言葉を聞かされ続けたのではたまったものではない……心臓がたない。


「わたし、おかしいわ。絶対おかしい……」


 アシェルの言葉に、逐一ちくいちどきどきするなんて。

 似たようなことはハーデュスにだって言われていたのに、胸のどうが全然違う。まるでこわれてしまったみたいに、自分で振動を感じるほどに激しくみゃく打ってしまう。


「アシェルは、ドラゴンなのに……」

「彼が人間だったら、いいの?」


 エリスは、はっとした。

 鏡の中の自分が笑っている。ミラージャだ。


「えっと、それは……」

「あなたのつぶやきからは、そういう意味に取れるけど?」

「そういう意味って…………」

「人間のアシェルになら、あんなことを言われてもいいって、そう思ったんじゃないの? 好きになってもいいって」


 ぼん、とエリスの顔が、湯気を立てて真っ赤になった。


 好きに?

 自分が、アシェルを?


「そそそそ、そんなこと考えてないわ! 考えられない……!!」

「どうしてそんなに否定するの? 彼がドラゴンだから?」

「それは……」


 エリスは少し考えて……それから小さくうなずいた。

 アシェルに「夫婦になろう」と言われた時も「ドラゴンだから」という理由でことわったのだ。

 ドラゴンとは……一緒になどなれない。


「アシェルは、いずれ完全な人間になるわよ」


 エリスは思わずミラージャを見た。

「そ――うなの?」


「ええ。彼にかかった魔法がまだ完成してないっていうのは、あなたも知っているでしょう? それが完成したら、彼は今のちゅうはんな身体から、完全な人間になる……でも、今のあなたは別の姿を望んでいるのだったかしらね」


 エリスはうつむいた。

 アシェルがドラゴンの姿になってくれなくては、エリスは女王にはなれない。人々から認めてもらえないのだ。

 だから、彼にはドラゴンになってもらわないといけない……


「あの子、結構けっこう美男子イケメンだし、ドラゴンにしとくのはもったいないわよ? 好きなんでしょ?」

「だから、わたしは、別に……」

「あなたって素直じゃないのね」

「素直じゃなくて結構よ」



 くすくす、とミラージャが笑うので、エリスはむっとして言い返した。


「困った子ね。アシェルのためにも、もっと素直になって欲しいものだけれど」

「……どういう意味?」


 どきん、と胸が一つ鳴る。彼のため?

 ミラージャが、くすりと笑った。


「期待してるの?」

「し、してないわよ別に! 何にも!」

「本当にごうじょうねぇ。アシェルのためっていうのは……アシェルにかかった魔法を完成させるためにっていう意味」

「わたしが素直になることと、それが、どう関係するの……?」


 エリスは、メイルの言葉を思い出した。

 エリスなら魔法を完成させられると、彼は言っていた。どういうことなのだろう。


「彼が完全な人間になるためには……彼を、心から愛する人が必要なの」


 言われた瞬間、エリスはこうちょくした。

 メイルもミラージャも、自分に何を期待しているのだろうか。

 わたしが、彼を愛する?

 想像しただけで顔が熱くなって、思わず指先に力がこもる。


「どうかした?」

「別に……」

 にやりとするミラージャに、エリスは気にしていない風をよそおって答えた。

 これ以上からかわれたら、たまったものじゃない。


「ただ……おとぎ話みたいだなって」

「そうね。魔法なんて、今じゃおとぎ話の世界だけのものだしね?」


 片目をつぶってみせるミラージャに「それもそうね」とエリスはくすりとした。

 けれど、すぐに笑みを消し、肩を落とす。


「……わたし、どうしたらいいか分からないのよ。女王にはならなきゃいけない。でも、アシェルにはドラゴンになって欲しくない、と、多分、思ってる……」


「大丈夫よ、なるようになるわ」


 ミラージャは強い口調で断言した。

 エリスが見つめると、彼女はにっこり微笑んだ。


「……なんで、そんな風に言えるの?」

「私には未来が見えるのです……なんてね。それじゃ、またね」


 言うだけ言って、ミラージャは、すうっと鏡の中に消えてしまう。

 次の瞬間、鏡が映し出していたのは困惑顔のエリス自身だった。


 一人、部屋に残されたエリスは、鏡をぼんやり見つめていた。

 自分は、アシェルを好きなのだろうか……考えてみても、よく分からない。

 ただ、彼をおもうと胸が苦しい。

 この気持ちは、何だろう。

 知らない、苦しい。


 アシェルを説得してしたがえ、フェリシーダ城に連れて行かねばならないのだ。悩んでなどいる場合ではないのだ。

 においが消えて話ができるようになれば、すぐにでもドラゴンの彼を連れて帰れる……そう思っていた二週間前が、遠い昔のようだった。


 ……エリスは思い知った。

 物事は、そうそう簡単にはいかないものだと。


 一体、どうしたらいいのだろう。

 どの選択肢を選ぶのが正解なのか――



 悩んでいるうちに、夜はとっぷりと闇の中に落ちていた。

 このままだと朝が辛くなる……エリスはベッドに横になった。

 しょくだいの火を吹き消し、目を閉じてみる。


 暗闇と、せいじゃく……





「………………………………………………………だめ。眠れないわ」


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