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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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 エリスが古城へとやって来て二週間が経過したころになると、アシェルはことごとくエリスとくっつきたがった。

 エリスが仕事をしていない時――たとえば、古城の書庫で本を読んでいる時なども、となりに座って手元をのぞき込んできたりした。


 現に、今がそれだった。


「ねえ、エリス。キスしたい?」

「ぃう?」


 突然かけられたとっぴょうもない質問に、エリスはみょうな声を上げてしまった。

 本から顔を上げれば、アシェルが何事もなかったようにうす紫色の瞳で見つめてくる。

 エリスは、どきどきしながらたずね返す。


「あ、あなた、キスが何だか知っていて言ってるの?」

「もちろん知ってるよ」

「一体どこで覚えたのよ……」


 ドラゴンがキスなんてぞくなことを知ってるとは……

 エリスが狼狽ろうばいしていると、アシェルが書庫の一角を示した。


「あそこに並んでる本、そういう絵とか入ってるんだ。セイリーンが、好きだったみたいで。ぼくも一緒に読んだことがあるんだよ」

「本?」


 言われて、エリスはその一角を確かめに行く。

 そこには、ロマンス小説のたぐいが並んでいた。

 ぱらぱらめくると、たしかにそういった挿絵がある。

 男女が口づけしている絵のページを開いたまま、エリスは思わずまじまじと見てしまった。


 エリスも、こういった小説が、実は好きだ。

 リラが城下でこっそり手に入れてきてくれるので、時々読んでいた――のだが、現代のものとくらべて、セイリーンの蔵書は……何というか、描写が生々しい。


「そういうこと、人間の男女はするんだろ?」

「いっ!?」


 背後からアシェルが肩()しに覗き込んできて、エリスはびっくりして飛び上がった。

 心臓がばっくばっく鳴っている。あわてて本を閉じた。


「あ……あなたとはしません!」

「なんで?」

「夫婦じゃないから」

「またそれかぁ……」


 アシェルが不服そうにくちびるとがらせた。

 ……そんな顔をされても、できないものはできない。


 その時、彼の様子に、エリスは昨日のこと――エリスの身体を遠慮えんりょに鼻先でなぞっていたアシェルに――疑問を覚えた。


「そ、そもそもあなた、こういった本を読んでいたなら、その……キスの先だって知ってるんじゃないの?」


 知っていれば、昨日のようなことは『いけないこと』だと分かったはずだ。

 ……まさか、確信犯?


 だが、エリスの予想とは反対に、アシェルは目をぱちくりさせた。


「キスの先? 先があるの?」


「え…………と…………それは………………」


 余計なことを言ってしまった気がして、エリスは固まった。


「セイリーンは、キスも僕には早いって、あんまり読ませてくれなかったんだ。だから、よく知らないんだけど……本には先が書いてあるの? どんなこと? エリスは知ってるの?」

「し、知らないわ」

「……知ってるなら、教えて欲しいなって思ったんだけど」

「だ、だから知らないって言ってるでしょう……知りません!」


 エリスは慌てて本を棚に戻し、そっぽを向いた。

 王女の自分が、そんなことを口にするわけにはいかないし、ましてや教えられるわけなんてない。無理だ。


 ……それにしても突然キスの話だなんて。

 アシェルは一体、何を考えているのだろう。単なる興味でいてきたのだろうか。


(……それとも、アシェルはわたしとしたいのかしら)


 考えて、ぶんぶんと頭を振る。

 顔の熱も一緒に吹き飛ばす。


 自分は何を考えているのだ、何を!

 そんなうわついたことを考えている場合じゃないのに!


 エリスは、意を決した。

 深呼吸して、アシェルに向き直る。


「アシェル」

「うん」

「あのね…………」


 目の前のアシェルが、なに? と視線で問うてくる。

 エリスは、彼の薄紫色の瞳を見て、言葉をまらせた。


 ――わたしと一緒に、フェリシーダ城に来て欲しい。


 ずっと考えていたその一言が、言えない。

 王女として、迷っている場合じゃないのに……


「…………………………ううん、やっぱり、なんでもない」


 不思議そうに首をかしげるアシェルから、エリスは視線をそらした。

 言いかけて、エリスはいつもやめてしまう。もうずっと同じことをり返していた。

 アシェルの放った先日の言葉が、いつも袖をつかんで引き止めるからだ。


 ――『僕と、ずっと一緒にいて欲しい』


 彼の言う「ずっと」が、いつまでのことなのかは分からない。

 けれどエリスは、彼がセイリーンとずっと一緒にいられなかったことを知っている。

 千年経った今だってきっと同じだ。ドラゴンになってしまえば最後、彼はもうこのアシェルではなくなる。

 魔法が使えた魔女はもういない……つまりアシェルは、人間に戻れない。

 ずっと一緒には、いられない。


 エリスの願いは、ドラゴンとしてフェリシーダに来て欲しいというもの。

 それは、彼のいに反する言葉で。


「人として生きる道をあきらめろ」というようなもので。


 ……だから、エリスには簡単に口にできなかった。

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