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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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「よーし! やるわよ!」


 かけ声一つ、気合いを入れる。

 翌日の朝から、エリスは昨日の昼に眠ってしまった分を取り戻そうと、はりきって仕事を始めた。


 まずは浴場の掃除そうじだ。

 エリスは水をき、ブラシで床をこすった。

 どんどん身体が温かくなってきて、時間が一気に過ぎていく。

 気づいた時には、太陽が高いところにのぼり始めていた。


 エリスは、キリのいいところで洗濯せんたくに移った。

 城で服を着ているのはエリスとアシェルのみだったが、メイルは洗濯が苦手らしく、山のようにアシェルが着たものがまっていた。

 メイルはかなり申し訳なさそうにしていたが、水気が敵の彼だ。仕方ないだろう。


 近くに川がないため、エリスは城の裏手にある井戸近くの洗濯場へと服を運ぶ。

 そうして、井戸の水を引き上げにかかった。

 かなりの力仕事だ。

 それに加え、掃除のろううでに蓄積されている。

 滑車かっしゃから伸びたロープを引っ張った後、おけを引き上げようとしたエリスは思わずうなった。


「うっ……………………お、重い…………っ!」


 腕に力が入らない。

 ぷるぷるとふるえて、引き上げることができない。


 自分が、こんなに非力だなんて――

 ――なげいたしゅんかんだった。


 水の入った桶の重みに負けて、身体が、がくんと井戸の中に落ちそうになる。


「きゃ……っ!」


 だが、エリスは落ちなかった。


 ……桶が、軽い。

 悲鳴を上げていた腕が、楽になっている。


「危ないなぁ。何やってるのさ?」


 アシェルが、エリスの脇から桶をささえてくれていた。

 そのまま、ひょいっと、軽々と引き上げる。


「あ、アシェル……! はあ………………助かったわ……」

「どういたしまして。で、君、何をやろうとしてるんだい?」

「お洗濯よ。水仕事はメイルに任せておけないもの」

「ああそっか、あいつびちゃうから……やらなくていいって、いつも言ってるんだけどなぁ」

「そういうわけにもいかないでしょ」

「それもそうか。でも君、一人でできるの? 水、もっとたくさん必要だろ?」

「そんなこと言うなら手伝いなさいよ……」


「いいよ」


 あっさりアシェルがしょうだくするので、エリスは思わず彼を見返した。


「……いいの?」

「何が?」

「えっと………………眠っていなくて?」

「うーん、昨日、君がい寝してくれたからかな。今日は、あんまり眠くないんだよね」


 アシェルの何気ない言葉に、エリスの頭に昨日の昼下がりのことがよぎった。


 抱きしめられた身体。

 目の前にある顔。

 しっかりとにぎられた手。


 ――思い出すだけで、全身が熱をびていく。


「これ、どうすればいいの?」


 エリスがずかしさにうつむいていると、アシェルが水の入った桶を持ち上げた。

 エリスはあわてて「そっちへお願い」と、洗濯場を示す。


 アシェルはその後、何度にも渡って水をんで運んでくれた。


「あ、ありがとう……」

「うん。次は何をすればいい? それを洗えばいいの?」


 働きぶりにエリスが呆然ぼうぜんとしていると、シャツを腕まくりしたアシェルが洗濯場でかがむ。


「エリス? どうしたの、やろうよ?」

「えっ……と…………………………ううん、なんでもない。やりましょう」


 となり合って、服を洗う。

 エリスがちらりと隣を見れば、アシェルは思いの外、楽しそうだった。


 全ての衣服を洗い終え、かわかすためにロープにるす。

 これもアシェルが手伝ってくれた。エリスより上背があるのでとても助かった。


(……アシェルってば、どうしちゃったのかしら?)


 風にはためく服たちをながめながら、エリスは考える。

 何がきっかけかと考えれば……昨晩の添い寝しかない。

 けれど、このなつきっぷりはなんだろう。

 彼の中で、一体何があったというのか――


 ――考えても分からないことだったし、聞くのはちょっと抵抗ていこうがあった。はっきり答える彼のことだ、藪蛇やぶへびにならないとも限らない。


 答えを出すことをあきらめて、エリスは干された洗濯物に背を向けた。


「エリス、どこ行くの?」

「お掃除、まだ途中なの。やらなきゃ」

「まだやる気なの? そんなにやって、疲れない?」

「そりゃ、疲れはするけど……」

「セイリーンなら、メイルに任せっぱなしにすると思うけどな。面倒くさいって……彼女、結構けっこうものぐさなところもあったから」


 セイリーンの名前が出た瞬間、エリスのむねがずき、と小さく痛んだ。


 何だろう、これ……


「……わ、わたしはセイリーンじゃありませんからね」


 そうぶっきらぼうに言うのが、やっとだった。

 エリスは何だか面白くなくて、アシェルを置いて歩き出す。

 ……だめだ、胸の痛みが止まらない。


(アシェルってば、セイリーンセイリーンって……わたしのこと、やっぱり彼女の代わりだとでも思ってるんだわ……)


 だから、こうして仕事を手伝ってくれて、優しくしてくれるのだろうか。


 見た目が、においが似ているから。

 だからわたしと、昨日も一緒に眠ろうだなんて……

 そう思うと、心がささくれて、どうしようもなく途方にれた気持ちになる。

 なんだか胸を押さえつけられているようで、苦しい。


 ……この気持ちは、何なのだろう。

 今まで感じたことのないものだ。

 理解できない苦しさに、エリスはいらいらした。歩く足を速める。


「待って待って」


 追いかけてきたアシェルが、エリスの両肩を後ろから掴んだ。

 そうして、隣にならぶ。


「僕も一緒に行くよ」

「……わたしはセイリーンじゃないけど? それでも一緒に来てくれるの?」


 エリスは、わざとちょうはつするように言ってみせた。

 八つ当たりしたい気持ちと……彼を、ためしてみたくなってしまったからだ。

 対して、アシェルはじゃほほみを浮かべて答えた。


「もちろんだよ。それに、君がセイリーンじゃないのも知ってる。

 だって、セイリーンはこんなにがんり屋じゃなかったもの」


 それは、思いもよらない反撃はんげきだった。

 こうちょくしたエリスだが……次第しだいに理解して、じわじわ顔が熱におかされていく。


 まさか、彼に自分の努力をみとめてもらえるとは思っていなかったのだ。


 思えば、イルダ以外の誰かに、頑張りをめてもらったことなどなかった。

 頑張るのは、王女だから当然のことで。

 いつしか褒められることを意識すらしなくなった。褒められなくてもいいと思った。諦めたのだ。


 けれど、アシェルはちゃんと見てくれている。

 王女としてではなく、エリス自身の頑張りを。


 そして、つまり、彼がこうして接してくれるのは、エリスだからということで。



 ――どうしよう、嬉しい。



「エリス、どうしたの。顔が赤いよ?」

「な――何でもないの……行きましょう」


 胸に小さく芽生めばえたよろこびを感じながら、エリスはアシェルと共に城の中へと向かった。


 二人で一緒に城の中をみがいていく。

 エリスは、アシェルを時々(ぬす)み見た。

 こうして一緒に何かをしているというのがとても不思議だった。昨日まであつかべがあったはずなのに、うそみたいだ。


 アシェルは、その後もこまごまとエリスの手伝いをしてくれた。

 そして、それは、その日だけではなかった。


 翌日も、翌々日も、エリスが仕事をしていると、どこからともなくやって来ては一緒にこなしてくれるのだ。

 エリスとアシェルが共に過ごす時間は、日ごとに長くなっていった。



 たがいのきょも、どんどん近づいている気がする……のはエリスの気のせいではなかった。

 実際じっさい、アシェルとの身体の距離が、近くなっていた。

 顔も、何だか近い……

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