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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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「ん………………」


 肌をでる風の冷たさに、エリスはぶるっとふるわせた。


 ぼんやりと目を開けると、目の前にアシェルの顔があった。

 エリスははっとして身体を起こそうとした。


 その瞬間、気づく。


 左手が、アシェルににぎられている。

 指をからめるようにして、しっかりと。


 心地よさそうに眠る彼の顔を見て、エリスは胸がきゅっとした。

 ……なんだろう、この感覚は。

 初めて知る違和いわかんに、心がまどう。


 彼の目を覚まさないように、エリスはそろりと身体を起こした。

 それから、彼の身体の向こうにある窓の外を見て、愕然がくぜんとする。


「ああ、うそ…………こんなに暗くなるまで眠っちゃったなんて…………」


 うす暗くなった部屋の中、切り抜かれたようにオレンジ色の空が窓枠まどわくの中に見える。

 すっかり日が暮れていた。一体、何時間眠ってしまったのか。


 イルダが亡くなってから、これまでで一番心地よく眠れた。

 しかし、メイルに手伝うと言っていた仕事が全くできなかった……エリスはそのことにうなれる。


「するって言った、昨日の今日よ……不甲斐ふがいないったらないわ……」


 ため息をついた時だった。

 コンコン、とノックの音……それから、遠慮えんりょがちにとびらが開いた。


「失礼しますー……あ。エリスさん、やはりこちらにいましたか」


 メイルに見つかり、エリスは慌てて両手をる。


「め、メイル……ち、ちがうのよ、これは……!」

「ふむふむ、ご主人様と眠ってらっしゃったんですね」


 事実を言われて、エリスは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 ……恥ずかしくて、メイルの方が向けない。



「ありがとうございます」



「……え?」


 エリスはゆっくり顔を上げた。


「…………なんで、お礼なんて……」


 鉄のかぶとに表情はない。

 メイルがどんな意味でその言葉を言ったのか、エリスははかりかねる。


「ご主人様の傍にいてくださったからですよ。ご主人様は、ずっと、わたくしなんかより寂しかったでしょうから。ただの魔法の産物であるわたくしでは埋められなかったご主人様の心の穴……それを、あなたが埋めてくださっている。ご主人様はきっと今、この城で眠っていた千年のうちで、最も幸せな時間の中にいるのでしょう」


 その声音は優しかった。まるで、大切なものをいつくしむように。

 エリスはとなりを見下ろす。

 そこに眠るアシェルの顔が、とてもおだやかなものに見えた。


「……と、夕飯ができましたのでお呼びにまいった次第しだいです。食堂でお待ちしておりますので、おしください。エリスさん、ご主人様のこと、たのみますね」


 メイルは、エリスが持ってきた手つかずのティーセットを手にし、「これはわたくしが持って行きますね」と言ってきびすを返し……扉の向こうに消えた。



 ――再びせいじゃくを取り戻した部屋の中、エリスは隣で眠るアシェルの顔をのぞき込んだ。

 そっとかたすってみる。


「アシェル、起きて。夕食ができたそうよ」


「うん………………エリス…………」


 目を細く開けぼんやりとした目つきのアシェルは、エリスを見てまばたきをした。もうセイリーンと間違うようなことはしなかった。

 それから、たしかめるように、自分が握るエリスの手を見て……安心したように笑みを浮かべる。


「……ずっと一緒にいてくれたんだね。ありがとう」

「こ、こんな風に握られていたら、どこにも行きようがないわよ……」


「そっか。なら、握っていてよかった……」


 きゅ、とアシェルが手に力を込めた。

 エリスはどうしたらいいか分からず、されるがままだ。ほおがかまどで火を起こしていた時のように、熱い。


「は、早く食堂へ……メイルが待ってるわ」

「そうだね、待たせたら悪い。行こうか」

「そうね………………………………って、あの、放してくれない……?」


 ベッドから下りようとしたエリスは、アシェルに困惑こんわくした視線を向けた。


 アシェルが、握った左手を放してくれないのだ。


「だって一緒に行くんだろ? このままでいいじゃない」

「よ、よくないわ。必要ないもの」

ぼくが握っていたいんだよ。だめ?」


 首をかしげて不安そうにたずねるアシェルに、エリスは「う」と声をまらせた。

 ……きょうだと思った。アシェルは自分が可愛いのを《《分かっていて》》やっている。

 ぐな視線も、言葉も……ずるい。


「もう……だめって言ったって、どうせ聞かないんでしょう……」

「すごいなぁ、会ったばかりなのに、君ってば僕のことよく分かってる」

められてもうれしくないわ、全然ぜんぜん

「じゃあ、かわいいねって言えば喜ぶ?」

「……セイリーンに似てるからそう言うんでしょ」


 エリスはぶすっと頬をふくらませた。

 セイリーンと似た顔立ち、似たにおい――そんな風に並べられた上で褒められたって、嬉しくもなんともない。


「違うよ」


 ふて腐れたエリスの顔を覗き込んで、アシェルがいたずらっ子のように目をきらきらさせた。

 何よ、とエリスは視線をちらりとやる。


「目元も君の方が優しそうだし、鼻もくちびるもかわいい。肌もすごくきれいだし、髪だって君の方がさらさらして気持ちよかったし」

「ちょ、ちょっと、その具体的な感想はどこから出てきたわけ?」

「君が眠っている時に観察してた」

「ってことは、まさか、髪も……」


「何度も指でいてたんだけど、全然気づかなかったね」


 にっこりするアシェルに、エリスはぜんとする。


「な――何をしゃあしゃあと言ってるのよ!? 勝手にされたら、こ、困るわ……!」

「でも、君は気持ちよさそうだったよ?」


「そ、それは――」


 お母様がれていたように優しかったから――とは言えなかった。

 言ったら、それは気持ちよかったことをみとめることになってしまう。

 だから、エリスはそっぽを向いてだまった。

 すると、アシェルがいじわるなささやきをした。


「……それに、君だって僕のこと触ったでしょ。おあいだよ」


「え……あ、あなた、まさか起きてたの!?」

「バカみたいに長い時間眠り続けていたからか、眠り自体は浅くてね。君の指が気持ちよくて起きちゃったけど、でもおかげでその後よく眠れて――……

 ……って、エリス!? ちょっと待って!」


「~~~~~~~~~~っ、もう知らないっ……!」


 ずかしさのあまり、エリスはアシェルの左手を振り払ってベッドから下りた。

 足早に部屋を出ると、アシェルが追ってくる。

 かまわず回廊かいろうを進むエリスだったが、階段の手前でアシェルに右手をつかまれた。


「行かないで。お願いだ……!」


 立ち止まり振り向けば――アシェルが、泣きそうな顔をしていた。

 まよい子のような目でエリスを見つめてくる。


「君がいやがることはしない。ちかうよ。だから、だから……僕を一人にしないで、エリス……」


 せつなげなその声は、エリスのむねをきりとめつけた。


 彼は千年の間、この古城で眠っていた。

 大切な人にも置いて行かれて。

 メイルは、アシェルの心の穴をめられなかったと言っていた。その穴はずっと空いたまま……アシェルはどくだったに違いない。

 だから、こんな顔でこんな声を出す。親とはぐれてしまった子供のように。


 エリスは彼に、母親にかれてしまった自分の姿を重ねた。

 ……一緒だ。

 さびしくて、心細くてたまらないのは……きっと、アシェルも自分と一緒。


 そう思ったエリスの左手は、自然にアシェルへと伸びていた。

 彼の右の頬に触れて、優しく撫でる。

 アシェルがそろりと顔を上げた。薄紫の瞳が、すがるようにエリスを見る。


「行かないわ。だからそんな顔しないで。せっかくのきれいな顔が台無しよ?」


 エリスはふに、とアシェルの頬をつねって笑った。

 アシェルが「いて」と目をつぶる。だが、すぐに彼は笑顔になった。

 頬をつまむエリスの左手に自身の右手を重ねて、存在を確かめるように握りしめる。



「……エリス。僕と、ずっと一緒にいて欲しい」



 すり、と頬を寄せるその仕草に、エリスの左手は火傷やけどしたようにかあっと熱くなった。


「ほ――ほら、メイルが待ってるわよ」

「そうだね、行こう」


 回廊から伸びる赤いじゅうたんかれた階段を下りる。

 エリスの左手は、隣りにならんだアシェルの右手に、しっかりと握られたまま。


 その夜の夕食は、エリスにとって、この城に来てから一番あたたかなものとなった。

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