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「わたしが、女王に?」
幼いエリスは、母イルダに手を引かれていた。
政務の間に暇ができたイルダが、エリスを城内の散歩に連れ出してくれたのだ。
やって来たのは、〈戴冠の広場〉だった。
高台の上にあり、城内でも空に向かって開けた場所であるここは、歴代の女王が先代女王より王冠を引き継ぐ儀式の場だ。
エリスの母イルダも、イルダの母もそのまた母も、ここで王冠を授かった女王だった。
広場の先からは、王都アモルの全景が見られる。
イルダはそこに立ち城下の街を見下ろして、手を繋いだ傍らのエリスに言った。
「そうよエリス。大きくなったら、あなたも私と同じように、ここで女王になるの。そうして国を治めていくのよ」
「わたしが、おかあさまみたいに…………できるかしら……」
「できるわ。だって、あなたは〈幸せの魔女〉だもの」
不安に小さくなるエリスの目線にしゃがんで、イルダはしっかりと言い聞かせるように言った。
幸せの魔女。
”始まりの魔女”によって、魔女の系譜の中、いつかの未来に存在が予言された者のことだ。
伝承では「その者、奇跡の魔法によりて人々を幸せにするであろう」と言われていた。
自分がそうであるか、エリスには定かではなかった。だが、イルダは事あるごとに娘をそう呼んだ。
まるで、そうなることを確信しているように。
どうして分かるの? そうエリスが問えば、イルダは「お母さんも魔女なのよ」と言った。
幼いエリスには、納得できるような、できないような、そんな返答だった。
「私に何かあったら……いいわね、エリス、あなたが国を守るのよ」
「なにかって、なに? おかあさま、どこかへ行ってしまうの……?」
問えば、イルダは曖昧に微笑むだけだった。
そして、諭すようにエリスの黒髪を撫でて、言う。
「……エリス、これだけは覚えていて。
あなたは決して一人ではない。大人になれば、大切な人にも出会えるでしょう。
強くありなさい。そして、大切なものは、守りとおしなさい」
優しいイルダの手が、髪を梳く。
エリスは、その心地よさに目を閉じた。
広場には、優しい風が吹いていた。
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