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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第三章 王女とドラゴン

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 すいしょうはっせんじ汁を飲み干したエリスは、現在、アシェルの部屋の前にいた。

 既にエプロンとローブから、蜂蜜はちみつ色のロングドレスに着替えている。

 そして、紅茶の入ったティーポットにカップ、焼き菓子の並んだ皿――それらをせたぼんを手にしていた。

 メイルに頼んで、アシェルの部屋へとティーセットを届ける役を変わってもらったのだ。


 その紅茶は、エリスがれたものだった。

 やり方をメイルに教えてもらって、人生で初めて誰かのために淹れたお茶だった。


 さて……アシェルの部屋の扉を押してみるが、開かない。

 部屋のかぎは、かかったままだった。


 昨晩、アシェルは夕食を断ったらしく、食堂に現れなかった。

 つまり彼は、昨日エリスが部屋におとずれてから一度も出てきていないということだ。寝過ぎである。ベッドに根っこが張ってしまうほどだ。エリスがフェリシーダで同じ事をしようものなら、「姫様、もう起きてくださいっ!」とリラに布団を引っぺがされるだろう。


 エリスは盆を一度床に置き、それから手首に輪を引っかけていた一本の鍵を持ち直す。

 このとびらの鍵だ。

 アシェルのろうじょうを知っていたメイルから、「特別ですよ」と渡されたのである。


 鍵穴に鍵を差し込んで、回す。

 かちゃん、と小さな音をさせて鍵が外れた。


 扉を押し開けてから、エリスはティーセットの載った盆を再度持ち上げ、部屋へと入った。


 奥へ進むと、アシェルは相変わらずベッドの上で眠ったまま。

 まるで、おとぎ話の眠り姫のようだった。


 ……そう言えば、とエリスはふいに思い出す。

 エリスの知るおとぎ話は、この古城で眠っていた魔女セイリーンをモデルに描かれたものだった。

 物語の中では、眠っていた姫君セイリーンは、異国の王子の口づけで目覚めたということになっていた。

 アシェルには口づけなんて必要なさそうだけど、と思いつつ、エリスはティーセットの盆をテーブルの上に置く。誰かが口づけたところで、きっと彼は目覚めないだろうと思った。


 部屋は閉めきっていたためか、陰気な空気で満ちていた。

 肩をすくめたエリスが窓を開け放つと、ドルミーレの眠れる森を通ってやって来た風が、部屋の中をめぐっていった。気持ちいい。

 風に長い黒髪を揺らしながら、エリスはアシェルの傍に行った。

 眠るアシェルを見下ろして、声をかける。


「アシェル、食べ物持ってきたわよ? アシェル?」

「ん……」


 もぞり、とアシェルが寝返りを打つ。


 エリスの方を向いて、彼はうっすらと目を開けた。

 二度、三度とゆっくり瞬きをして、すう、とにおいを嗅ぐように息を吸う。


 彼の動きが、ピタリと止まった。

 エリスがそれを認識にんしきした次の瞬間、


「セイリーン……!!」

「きゃ……!?」


 ぐん、とうでを引かれ、エリスはつんのめるようにしてアシェルの上に倒れた。

 起き上がる間もなく背中に腕が回され、ぎゅうと強く抱きしめられる。

 エリスの首筋に顔をうずめるようにして、アシェルが涙声でささやく。


「どこに行ってたんだ。どうして僕を一人にした、どうして、どうしてだ――」


 エリスは、ぎくりとした。

 それは、むねくように切ない声だった。

 まるで世界に一人だけ取り残された子供が、親を求めてしぼり出すような声。


「もういやだ…………一人は嫌なんだ。お願いだ、どこにも行かないでくれ。もうさびしいのはこりごりだ………………嫌だよ。もう一人にしないで、セイ――」


「ストおーーーーーーーーーーーップ!!!!!」


 エリスはアシェルを身体から引っぺがした。

 ベッドにぼすっと押さえつけられたアシェルが、きょとんとする。


「わたしはセイリーンじゃないわ! ちゃんとわたしを見て! わたしはエリス……エリスティーナよ!!」


「あ………………あれ……?」


 エリスに組みかれた形で、アシェルは目をきょときょとさせた。

 本気でエリスとセイリーンを間違えたらしい。

 エリスは、いらいらしてそっぽを向いた。


「『あれ……?』じゃないわ。失礼しちゃう」

「ご、ごめん。けど、このにおい……」


 エリスが上から退くと、起き上がったアシェルは、すん、と目を閉じてにおいを確かめるように鼻を鳴らした。

 それから、不思議そうにエリスを見る。


「…………うん。これ、セイリーンのにおいだよ」


「え? そう、なの?」

「間違いない。けど君、どうして」

「水晶薄荷を煎じたものを飲んだんだけど……」

「水晶薄荷? ……セイリーンがよく飲んでたものだ。ハーブティーにして、毎日飲んでたっけ……」


 何かを考えるように、アシェルは自分の手元に視線を落としていた。

 だが、やがてエリスを向くと、手を取って、真顔で、とんでもないことを言い出した。


「エリス、君を抱かせてくれない?」

「ええ、いいわよ。……――へぇっ!?」


 あまりのことに、エリスは変な声を出してしまった。

 顔は真っ赤に、頭が真っ白になる。

 薄紫のアメジストのような瞳が、うようにエリスを見つめていて。

 エリスは、心臓をどきどきさせながら、口をぱくぱくさせた。


「だ、だだ、抱くって、あの、そ、それって、その」

「変なことはしないよ。ただ……抱きしめるだけ」

「あー………………そういうこと、よね……」


 ……変な意味にとってしまった。まぎらわしいことこの上ない。


「で、でも……なんで? あなたわたしのこと嫌いだったんじゃないの? そんなわたしを、抱きしめたい……だ……なん……て」


 抱きしめる、というのも十分変な意味ではないかと思いいたり、エリスは皆まで言うのが恥ずかしくなった。アシェルがまったく動じた様子を見せないので自分がおかしいのかとも考えたが、多分そんなことはないはずだと思う。


「……嫌いな人を抱きしめたいの?」

「嫌いだなんて、そんなこと一言も言ってないよ。僕が嫌いだったのは昨日までの君のにおいだ」

「それって、わたしのことが嫌いって言ってるようなものじゃないの……」

「全然違うと思うけど……だって、今のにおいの君は好きだよ?」

「えっ…………す、好きって…………」


 エリスはどぎまぎした。やっぱりドラゴンだからだろうか、アシェルは言葉を知らないんじゃないかしらと思った。

 そんなエリスの動揺どうようなど素知そしらぬ様子で、アシェルはエリスの手に力を込める。


「ね、だから君のにおい。もう少し近くで感じていたいんだよ。だめ?」


「…………………………………………………………………………嫌よ」


 たっぷり間を開けてから、エリスはきっぱりとおことわりした。

 アシェルが傷ついたような顔になるが、傷ついたのはこっちよ、とほおふくららませてそっぽを向く。


「いくらご先祖せんぞ様だって、あなたが恋していた女性の代わりみたいにあつかわれるなんて、まっぴらごめんだもの」

「恋?」

「……違うの? だって、セイリーンセイリーンってそればっかりで……あなた、セイリーンのこと、好きだったんでしょう?」

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