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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

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 翌朝、まだ風がひんやりとする古城の中庭にて。


「あった! これね」


 朝露あさつゆかわいた草むらをかき分け、エリスは目的のすいしょうはっを見つけた。

 中庭の奥にある、エリスのこしぐらいまであるしげみがそれだった。ミラージャの言っていたことは、正しかったのだ。

 エリスはメイルを探し、断りを入れてから水晶薄荷の一枝を手折たおった。


「これをせんじて煮出にだすのよね」

「エリスさん、わたくしがやりましょうか?」


 中庭へと様子を見に来ていたメイルが、エリスに助け船を出してくれた。

 エリスはちょっとの間、考えて……それから、首を横にった。


「ううん。何でもかんでもあなたに任せるわけにはいかないわ。やり方だけ教えてくれたら、あとは自分でやってみる」

「大丈夫、ですか?」

「……迷惑めいわくはかけない、つもりだけど」

「いえいえ! そういう意味で言ったのではないのですが……いいでしょう、お教えしますよ」


 心配そうにしていたメイルだったが、エリスのたのみにうなずいてくれた。

 エリスをちゅうぼうへと連れてきた彼は、水晶薄荷の煎じ方を教えてくれた。方法は、聞く分には、いたって簡単だった。


「……問題は火ですね。普段はずっとやさないようにしているのですが、ちょうどかまどの中に溜まったすす掃除そうじするために消してしまって。なので、火くらいはわたくしが起こしましょう」

「ありがとうメイル……でも、わたしがやるわ。あなたは休んでいてちょうだい」


 メイルは日常エリスのために、何の見返りもないのに世話してくれている。

 こんな時にまで手をわずらわせたくない……そう思い、エリスは申し出をことわった。


 メイルがづかわしげに「でも」と言いかけて……エリスの目を見て、納得なっとくしたように頷いた。

 エリスの目が、やる気に満ちて、らんらんとかがやいていたのを見たからだ。


「……それじゃ、わたくし、お言葉に甘えて中庭で休んでいますね。何かあったら呼びに来てください。くれぐれも、お気をつけて」

「分かったわ」


 メイルを見送ったエリスは、調理台の前に立った。

 メイルからエプロンと黒いローブを借りて身につける。セイリーンのものなのでよごすまいとしんちょううでまくりした。


 それから早速さっそく、メイルに教えてもらった方法に取りかかった。

 水晶薄荷の葉だけを枝の部分からちぎり取る。この作業だけで、水晶薄荷のつんとするにおいがエリスの周囲にただよった。

 それから、今度は鍋でお湯を沸騰ふっとうさせる。

 そこに葉を投入して、汁を煮出せばいい――のだが、ここで火を起こすのが大変だった。メイルから渡されていた火口ほくち箱、その中から取りだした火打ち石を何度もたたくが、なかなか木くずがえてくれない。


「んん……………………むずかしい………………」


 指先をひりつかせながら、エリスはそれでもめげずなかった。

 かちん、かちんと火打ち石を叩き続ける。そして、


「あ」


 ようやく木くずがじりじりとけむりを上げ始めた。

 エリスは、急いでふうふうと息を吹きかける。


 何度かそうしているうちに、ぼっ、と小さな火が上がった。

 その火が、細いれ枝に燃え移る。

 エリスは力一杯息を吹きかけ続けた。

 やがて火は太いまきに移り、ぱちぱちと音を立てて燃え上がっていく。


「やった、ついたわ……っ!」


 ひたいに汗をかき、へとへとになりながら、エリスはかまどの中で勢いを増し始めた炎に感激かんげきしていた。

 自分一人で何かを達成たっせいしたことなど、初めてだったからだ。


「……わたしにも、できることがあるのね」


 そう満足げにつぶやいてから、気をめる。まだ、すべきことは成せていないのだ。最後まで集中しなくては……


 水を張ったなべを火にかける。

 しばらくすると、ぐらぐらと鍋の中身がき立ち始めた。

 エリスは初めて見るその光景にびくびくしながら、用意しておいた水晶薄荷の葉をさっと投入する。


 むせ返るような薄荷の香りが厨房に広がってゆく。

 鼻だけでなく、目まですうすうし始める。


 ……ころいを見て、エリスはかまどから鍋を下ろした。

 危なっかしい手つきで、薄荷の葉をのぞいた液体をティーポットに移す。


「で、できた……!」


 透明なガラスのティーポットの中で、あざやかな黄緑色の液体がれている。水晶薄荷の煮出し汁だ。


 エリスは、それを食堂のテーブルへと移動させ、一緒に持ってきたティーカップに移す。熱を冷ますために、高めのところからカップに注ぎ入れる。

 では、さっそく……と、エリスはカップを持ち上げ――


「うっ……」


 カップを口元に近づけた瞬間、きょうれつな薄荷(しゅう)に鼻をげきされ、エリスはもんの表情を浮かべる。


「こ、これを飲めって言うの…………全部……?」


 ちょっときついけど、とミラージャは言った。

 だが、これは「ちょっと」のはんだろうか……?

 そんな言葉で言い表すには、あまりにも――すさまじい。

 わずかににおいを吸い込んだだけで、気持ちが負けそうになる。


 エリスは、手にしたカップとにらみ合う。

 ……できれば、飲みたくない。


 カップをにぎる指に、思わず力が入った。

 身体がきょしているのが分かる。けれど……


「こ……こんちくしょーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!」


 王女とはあるまじき下品な言葉を放ったエリスは、意を決して鼻をつまみ、カップの中身を思い切りあおった。


 ぐび、ぐび、と一息ひといきに液体をのどへと流し込む。そうして……



 だんッ!


 エリスは、ティーカップをテーブルに叩きつけるように置いた。



「う……………………………………――うぇええええううううう~~~~」


 情けない声を上げながら、エリスはぴょこぴょこと床をねる。

 喉から胃にかけてがしゅんかんれいきゃくされたように冷たくなった。

 ついでに胃からがってくるぞわぞわした感じ……

 ……だめだ。思わずしゃがみこんでしまう。


「うう~~~~~~~~~~~~~~~~……」


 エリスはおなかを押さえてうなった後、動かなくなった。


「な、何なのよ、これぇー……」


 ……泣き言を言うのすら、つらい。

 しばらくそのままでえて、涙目になりながらよろよろと起き上がる。

 自分のにおいはどうなったのだろう。分からない。鼻が麻痺まひしたようになっていて、もはや機能していなかった。


 ……確かめるには、よくく鼻が必要だと思った。


 アシェルが目覚めるのは夜と昼下がりの、計二回。

 おどろいたことにこの城の主は、夕食以外には午後のティータイムにしか食べ物をとらないという話だった。

 三度の食事より睡眠が大事らしい。あきれを通りして、尊敬そんけいしそうになる。

 そんな彼が起きてくるまでには、まだ少し時間があった。


「……とりあえず、ここのにおいをどうにかしなきゃ」


 このままでは自分のにおいがどうにかなったとしても、晩餐ばんさん時にここをおとずれるアシェルがいい顔をするとは思えない。

 エリスは、食堂のかんをするために窓を開けて回った。


 太陽の陽射ひざしがやわらかく降り注ぐ昼下がり。

 開け放った窓から入ってくる空気が、エリスにはやけにおいしく感じられた。



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