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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

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 かがみの中のミラージャは、エリスそっくりだ。

 なのに、エリスよりずっと大人びたつやっぽい笑みを浮かべて名乗った。


 ミラージャの表情には、母イルダの面影おもかげすらあって。

 エリスは自分にもこんな表情ができるのだろうかと考え、そこで顔の筋肉がおかしなことになりそうだと思っていると……


「エリス。あなた、なやみ事があるんじゃなくて?」


「え………………分かるの?」

「まあね、だてにあなたをうつしているわけじゃないわ」


 エリスは、自分が自分の話を聞いてくれるような錯覚さっかくを覚えた。悩み事も、相談してみたくなった。

 これまでのこと、ぶねかって考えていたことを、とつとつと話す。


 女王である母が亡くなったこと。

 女王にそくする前に、ハーデュスといういけかない大臣に「女王として即位するためにはドラゴンをしたがえること」と言われ、フェリシーダ城から追い出されるようにしてこの古城へやって来たこと。

 そのドラゴンのアシェルが、エリスに従ってくれないこと。

 くさいという理由で、そもそも話をしてもくれないこと……などなど。


 ……ミラージャは「ふむふむ」と頷きながら話を聞いてくれていた。が、


「そのにおいなら、何とかなるわよ」


 彼女がそう口をはさんだのは、エリスのにおいの話になった時だった。


「ほ、本当……っ!?」

「ええ。すいしょうはっをごぞんじ?」

「知ってるわ」


 エリスは、こくこくと首を縦に振った。


 水晶薄荷とは、水晶のような光沢こうたくびた硬質こうしつな葉を持つ植物だ。

 透明とうめい感のあるこうを持ち、葉を口にふくんでむと、すうすうする薄荷の一種である。

 だが、通常の薄荷とことなるそれは、香気が強く、王都アモルではめずらしくもあった。


「水晶薄荷の葉を一枝ひとえだ分、せんじて飲んでみなさい。そうすれば、あなたのそのにおい、大分マシになると思う」

「本当に……?」

「本当に本当よ。あれは、体内からにおいを上書きしてくれるものなの。普通の人がたいしゅうを消すには、葉っぱ一枚を噛めば十分だけど……あなたのは、それだけじゃ無理ね」


 ぐさり、とエリスのむねに言葉がさった。

 その言い方ではまるで、普通の人よりにおうみたいではないか……事実なので、反論の余地よちはないのだが。


「あなたが、くさいっていうわけではないのよ。あのにおいは、魔力のあかしだから」

「魔力の?」


「そう。あなたも魔女の血筋でしょう? 体内で生成される魔力が使われずくすぶると、香りとなって外に発されるの。アシェルはドラゴンだから、鼻もいいけど、それ以上に魔力に反応してるんでしょうね」


 においの原因に、エリスはようやく納得なっとくした。

 やはり魔女の血が関係したことに、少なからずほっとする。

 自分がくさいわけではないこと……そして、きちんと魔女の血に力があることを実感して。


「あなたのにおいをまぎらわすには、フレッシュハーブティーじゃだめよ。毎日飲んでいればちがうけれど、即効そっこう性を期待するなら、ちゃんと煎じたものじゃなきゃ。味がきついけど、がんって飲んでみて」


「分かったわ、試してみる!」


 エリスは、鏡に身を乗り出すようにして返事をした。

 そんなエリスを、ミラージャが興味深げに見つめている。


「……エリス。あなた、私のこと、そんな簡単に信じていいの?」


「え……? なんでそんなことを聞くの?」

「だって、突然とつぜん鏡の中から話しかけてきたやつよ? あなたをまどわせたりして不幸にしようとしているかも……って、少しくらいうたがってもいいんじゃないの?」


「ちょっとは疑ってるわよ、もちろん」


 エリスは苦笑した。


「……けど、わたしには他にどうしたらいいか分からないもの。それに、この城には悪いものがいない気がするの。ここは、何だか、あたたかくてなつかしい感じで満ちているから」


 それは、この古城にやって来たしゅんかんから感じていたことだった。


 メイルが現れた時はたいそうおどろかされたが、それでもこの城には悪いものはないと、何となく心の一部分がさっしていた。

 この城の空気はとてもんでいる。

 そして……とても優しい。


「……なあんだ。もっと怖がられるかもって思ってたのに、拍子抜けよ」


 ミラージャは、そんな風に、ぼそっとつぶやいてから、



「やっぱりあなたは、〈幸せの魔女〉ね」



 納得したようにほほんで言った。

 その反応の意味が分からなくて、エリスはきょとんとする。

 幸せの魔女――イルダもよくエリスをそんな風に呼んでいた。


「ミラージャ……あの、それってどういう意味?」

「それはね――……内緒ないしょ♪」


 ミラージャが、ぱちっと片目をつぶって見せた。

 自分に似たミラージャの、大人の女性を思わせるその表情に、エリスはどきりとする。自分もこんなぐさができるのだろうか。


「あ」


 エリスは思い出したように声を上げた。

「なあに?」とミラージャが首をかしげる。


「……こまったわ。この辺に水晶薄荷なんて生えているのかしら」


 ここは森の中だ。薄荷ならば生えていてもおかしくはない。

 だが、水晶薄荷というしょうな植物が、そう簡単に手に入るだろうか。

 ここには従者もいないし、森を探すといっていそがしいメイルにいをたのむのも申し訳ない。りに行くなら一人きりだろう……だが、ここは眠りの森のおく深く。ちゅうで、けものおそわれるかもしれない――

 そんな風に考えていたエリスに、ミラージャはとてもあっさりと答えた。


「あるわよ、水晶薄荷」

「えっ!? ど、どこに……?」


「中庭」


 エリスは、ひょう抜けして、ぽかんと口を開けた。

 中庭には、確 《たし》かに様々な種類の植物が植えてあった。水晶薄荷があったかはさだかではないが、あの場に生えていてもおかしくはない。


「まあ、信じられなくても仕方ないけれど――」


「信じるわ」


 エリスの言葉に、目をみはるミラージャ。

 エリスは、ほほんで言葉を続ける。


「あなたを信じるわ。ありがとう、ミラージャ」

「……どう、いたしまして」

「よっし、これで、これからどうするかの指針ができたわ! 植物をむなら朝よね、今日はさっさとちゃおうっと」

「私も、もう寝るわ」

「ミラージャ、また会える?」


「……あなたが困った時にでも、また顔を出してあげるわよ」


 それだけ言って、ミラージャは鏡の奥に吸い込まれるようにして消えた。


 ――たんに、部屋がしんとする。

 ミラージャがいた痕跡こんせきかいで。エリスは、まるで幽霊ゆうれいとでも話をしていたような気分になった。


「……まさか、本当に幽霊だったわけじゃないわよね?」


 今更いまさらながらに、思う。

 彼女から「メイルと似たようなもの」とは言われたが、けっきょくくわしく聞きそびれてしまった……彼女は、一体何者だったのだろう。

 ……気になるが、一つ確かなのは、ミラージャからはいやな感じがしなかったということだ。

 幽霊にせよそうでないにせよ、彼女はぜん的な存在だと、エリスの心が感じていた。自分のかんを、信じたい。


「とにかく、ヒントをもらえたんだもの。実行してみるまでよ」


 起きたら、中庭にりて水晶薄荷を探す。

 手に入れたら、メイルに相談して煎じなければ。


 ベッドにもぐったエリスは、翌朝の行動を思い描いてから眠りについた。

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