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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

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 中庭を後にしたエリスは、メイルから仕事の手ほどきを受けた。


 最初に説明されたのは、料理だ。

 とは言ってもエリスはまるで素人しろうと。指を切ったら危険だからと、これはメイルに断念だんねんさせられた。エリスはちょっぴり残念だったが、怪我けがをしては迷惑めいわくをかけてしまうので、大人しくしたがった。


 次に習ったのは、食器洗いに洗濯せんたくだった。

 これは、井戸いどから水を引き上げるのがなかなかの重労働だったので、無理はしないようにとメイルに言われた。


 それから、掃除そうじ

 掃除は、水回りだけエリスが担当することになった。その他の広大な城の部分は、メイルがやると言って聞かなかったのだ。

 結局、まかされたのは、メイルの担当分に比べたら些細ささいなこと。

 けれど、エリスは彼の力になれるようがんろうと心に決めた。

 どんなに小さな仕事だってやってやるわ、と。

 エリスは、その日のうちに早速さっそく、洗濯、掃除とやってみた。




「はあ………………メイルの仕事、こんなに大変だったなんて……」


 そのばん、自分で掃除した浴場のぶねかり、エリスはぐったりとしてつぶやいた。

 手も痛いしこしも痛いし、腕も足も、何もかもが痛い。

 フェリシーダ城のメイドたちは、いつもこんなに大変なことをしていたのかと思うと、素直に尊敬そんけいの念をいだくことができた。彼女たちはすごい。城に帰ったら、きちんと感謝とねぎらいの言葉をかけなければと、エリスは固く心にちかった。


「メイドと言えば……リラは大丈夫かしら。いろいろ頼んだものの、無茶してないといいんだけど……」


 ぶくぶく、と顔の半分まで湯船にしずみ、エリスはフェリシーダ城に思いをせる。

 女王イルダが亡くなり王女のエリスがいない今、城はきっとハーデュスの思いのままだ。元老院げんろういんいんたちも、何人かをのぞいては彼の傀儡かいらいでしかない。


 ハーデュス――彼は、エリスの父のおいだ。

 その立場を生かし、白髪の重鎮じゅうちんが大多数をめる城の中、三十歳の若さで現地位に上りめた、野心的な男である。

 大臣となった彼は、現在、元老院議員たちに圧力をかけられるほどの実権を有した、大きな存在となっていた。


 エリスは、このハーデュスという男が嫌いだった。


 何度も他国とのいくさ提言ていげんして、イルダと口論になっているのを見てきた。彼がエリスに言い寄ってくるのも、女王の夫である王婿おうせいという地位のため。

 まるで、自分をひと呑みにしようと音もなく忍び寄ってくる狡猾こうかつへびのようで、エリスは彼がおそろしかった。


「……あいつ、おかしなこと、してくれてないといいんだけど」


 早く、城に帰らねば。

 アシェルを説得せっとくしなければ。

 ドラゴンをともなって帰還し、自分が新たなる女王であるということを認めさせなければならない。


 ……でも、どうしたらいいのだろう。

 彼が話をしてくれないことには、一歩も先に進めないというのに。


 エリスは、花びらの浮いた湯の中で、両腕をさすった。

 自分のにおい。

 これが消えないと、アシェルは話を聞いてはくれない。

 自分は、そんなに――話ができないほど――くさいのだろうか……


 ……湯船でなやみ続けていたが、答えは出ない。

 エリスは、のぼせないうちに湯から上がり、身支みじたくして自分の部屋に戻った。


 ネグリジェに着替きがえて、化粧台の前にすわる。

 長くてやわらかなエリスの黒髪は、眠る前にくしけずっておかないとからまってしまうのだ。いのししのヘアブラシで丁寧にいて、鏡の中の自分を見た。


 腰まである長い黒髪、青い瞳。

 少しつり目がちで、気は強そうに見える。


 寝ぼけたアシェルは、エリスを見て「セイリーン」と言った。

 それも、二度も。


「……そんなに似てるのかしら」


 ふに、とブラシを置いた右手の指先で、自分のほおをつついてみる。

 自分のご先祖様、千年前に国を治めた伝説の『始まりの魔女』――その女性に、わたしはそんなに似ているの?


「ええ、似てるわよ」


「へっ?」


 エリスは、思わず自分の口元を押さえた。

 ……今のは、自分の声?

 それに、かがみの中の自分も、そう言ったように見えた。

 なお、本人にはしゃべったつもりがないのだが……


「…………………………………………気のせい、よね」


 鏡の中の自分が、喋るはずがないのだ。

 思わず部屋の中を見回した。だが、これと言って誰がいるわけでもない。

 昼間の仕事で、きっとつかれているのだ……そう思いつつ、エリスは再び鏡の中を見た。

 自分が映っている。

 自分を真っ直ぐ見つめている。

 自分が――


「ぷっ……あははははははっ! 面白~い♪」


「喋ったアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!????」


「こんばんは」


 鏡の中のエリスが、にっこりほほんだ。

 エリスはぎょうてんし、思わず立ち上がり、身をかばうように座っていた椅子いすを鏡に向かってり上げた。

 鏡の中のエリスが、あわててせいするように手を振る。


「ちょっとちょっと、おどろきすぎ。落ち着いてったら」

「か、かかか、かが、鏡が、喋ってるのよ……!? 落ちつけるわけないでしょう!?」

「……あなた、すでに喋って動いてすい洗濯をするよろいを見てるくせに、そんなこと言うの?」


 メイルのことだ。

 彼を思い出し、エリスはちょっとだけ冷静になった。

 ……持ち上げた椅子を、そっと床に置く。


「…………それも、そうね。で、でもあなた、何なの……?」

「メイルと似たようなものよ。それで納得なっとくできなければ、鏡のせいとでも思ってちょうだい。でもあなた、そう聞きたくなるのは分かるけど、そこは『だれなの』と聞くべきじゃなくって?」

「ご、ごめんなさい……えと、誰……なの?」


 自分で話を振ったくせに、鏡の中のエリスはうーんと腕を組んで沈黙ちんもくしてしまう。

 そうしてしばしの後、彼女は「そうね」と一人で納得して、


「私はミラージャよ。それが私の名前」と名乗った。

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