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【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第二章 敵は、匂い

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 翌朝、目を覚ましたエリスは、身支みじたくしてメイルが用意してくれた朝食をとった。

 朝陽の満ちる食堂には、エリスとメイルだけ。

 アシェルの姿はない。


「ねえメイル。アシェルは来ないの?」


 食後に出されたのは、タンポポの根をって煮出にだした苦いお茶だ。

 それをティーカップで飲みながら、エリスはいつまでっても現れない城の主のことをたずねた。


「ご主人様は朝に大変弱くてですね。朝食をとったことがないのですよ」

「起きてくるかしら?」

「……起こさなければ、一日中ベッドの中、ってこともあります」


 エリスは、困惑こんわくして顔をしかめた。

 ……何というみんむさぼる生活をしているのだ。

 それに、彼が起きてこなければ会えないではないか。それでは、説得せっとくもできない。

 この苦いお茶でも飲めば目も覚めるかもしれないが、ここに来てくれないことには――


「………………いいわ。わたしが彼のところに行けばいいのよ」


 空になったティーカップをソーサーに置いて、食堂を後にしたエリスはアシェルの寝室に向かうことにした。

 食堂を出る時、彼の寝室は西塔にしとうの三階だとメイルが教えてくれた。

 エリスはまよわずにたどり着いた。昨日、きるほど城内を見て回ったため、あらかたあくできていたためである。


 アシェルの部屋の前で、エリスはその閉ざされたとびらを、そっと押す。

 かぎはかかっておらず、扉は羽根のように軽く開いた。


「アシェル、いるの?」


 声をかけて、しばらく待ってみる――……が、返事はない。


 仕方なく、エリスは部屋へと入った。

 奥にある天蓋てんがいつきのベッド。

 その上に、アシェルは昨日と同じように横たわっていた。

 きれいな寝顔をしていたが、エリスは見つけてしまった。


 アシェルの目元に、一筋ひとすじ、涙が流れたようなあとがあるのを。


「……アシェル、泣いているの?」

「うん……?」


 アシェルが細く目を開いた。

 うすむらさきひとみがぼんやりとエリスを見て「セイリー、ン」と小さくかすれた声でつぶやいた。

 ……だが、暫くエリスを見つめていたアシェルは、すん、と鼻を鳴らすと、二度、三度、まぶたを閉じては開け、目をこすり、


「…………………………………………君、なんでここにいるの」


 そんな風に不機ふきげんな顔で言い放った。


「あなたを起こしに来たのよ。そうじゃないと、あなたずっと眠ったままだろうし」

「迷惑だ」

「そ、それでもわたし、あなたに話があるんだもの」

ぼくにはする話なんてない……っていうか、君、よくこの部屋に来られたね。こわかったんじゃないの? 僕、ドラゴンなんだよ?」

「そりゃあ、あの時のあなはた怖かったわ……でもあなたは人間を食べないし、それに」

「それに?」


「……あなたのきれいな目は、ドラゴンに変わる前も後も、同じでれいだったから」


 寝ぼけまなこだったアシェルが動かなくなった。まばたきすらしない。

 一体どうしたのだろう……エリスが顔をのぞき込むと、彼はいらったようにエリスを見上げて言った。


「……近寄らないでよ。くさい」


 そのれいな言葉に、エリスは愕然がくぜんとした。


「ちょっ……昨日ちゃんと身体からだ洗ったわよ! それなのに、まだくさいって言うの!?」

「くさい」

「そ、そんな……」

「くさい、すっごくね。鼻がもげそうだ」

「うっ……」


 エリスは思わずむねを押さえた。

 ぐさりと刺さった言葉が猛烈もうれつに痛い。


「……ひどいわ、そんな風に言わなくたって」

「仕方ないじゃないか、事実なんだから…………ああもう、だめだ、君のにおいに頭痛がしてきた……」


 苦しそうな顔で言うと、アシェルは起き上がり、ベッドから下りる。

 立ち上がると、すらりとした彼は、エリスより頭一つ分も背が高かった。

 彼に、エリスはがしりとかたつかまれた。

 そのまま身体をくるりと回れ右させられ、ずずい、と背中を押される。


「え、え、ちょ、ちょっと、アシェル?」

「出てって。君がそのにおいをさせている間、僕は君の話は聞かない。聞けないから」


 エリスは、そのまま部屋から追い出されてしまった。


 じょうにも、扉がばたんと閉められる。

 がちゃ、と鍵の落ちる音がした。ろうじょうされてしまった。


「……………………く…………くつじょくだわ…………」


 あんなに「くさい」と連呼しなくたっていいのに……エリスは、閉ざされた扉を見つめて肩を落とした。

 ……自分は、そんなにひどいにおいをさせているのだろうか。

 腕のにおいをいでみたが、分からない。


 ドラゴンであるアシェルをせないことには、フェリシーダ城には戻れない。

 だが、アシェルと話をするには、自分のにおいをどうにかしなければならないようだ。どうしたらいいのか、エリスにはさっぱり分からなかった。湯浴ゆあみをしてもだめだったのだし、そもそも自分ではくさいことなんて分からないのだし。

 できることが、ない気がする。何だか、とてもみじめな気分だった。


「はあ、どうしましょう……」


 アシェルの説得以外に目的もなく、この古城の中でやるべきこともやりたいこともない今、何をしたらいいのか分からない。

 一体、この手持ちぶさたな時間をどう過ごしたらいいのだろう。

 ゆうちょうなことをしている場合ではないのだが、それにしたっていま自分がアシェルと話をしてもらえない以上、あせるだけ無駄むだのように思えた。

 アシェルの部屋からはなれたエリスは、とぼとぼと城の中を歩き始めた。


 やがてどこをどう歩いたのか分からないが、いつの間にか中庭が見える回廊かいろうにたどり着いていた。


 植物園のような中庭には、緑と、色取り取りの花があふれていた。

 めずらしい植物も多く植えられているらしく、そこには恋色こいいろ薔薇ばらもある。

 春の陽射ひざしを受けた中庭は、とても心地よさそうな場所だった。

 一角いっかくには、石造りの長いこしけが置いてある。


 エリスは、そこにメイルが座っているのを見つけた。


「メイル、何をしているの?」


 中庭に下りて、近づいてみる。

 頭に、白くて小さなちょうまらせたメイルが、エリスを見上げるようにかぶとの角度を上げた。

 そのひょうに、蝶がひらひらと飛び立つ。


「ああ、エリスさん。いや、実は、身体をかわかしているんですよ。びないように」

「錆び!? だ、大丈夫なの?」

「あ、大丈夫、大丈夫ですよ! 一応、わたくしは錆びにくい金属でできてはいるので……が、金属の宿命ですね。金や白金などなら別かもしれませんが、水気はやはり苦手でして。水仕事をしたら、水気をき取った後、こうして乾燥かんそうさせてます」


 大丈夫とは言うものの、エリスはメイルが心配になった。

 身体が錆びてしまったら、よろいにとっては一大事ではないか。


「水仕事、しなければいいと思うわ」

「そうですね。ですが、料理も掃除そうじ洗濯せんたくも、わたくしがやらないと、他には誰もおりませんので……」

「なら、わたしがやるわ!」


 エリスの言葉に、メイルは「え」と声を上げた。


「わたし、そういうのやったことないから、あなたの仕事を全部同じようにってわけにはいかないと思うけれど……でも、わたしもここに住ませてもらうことになったんだし、何もしないわけにはいかないと思うの」

「エリスさんはお客様ですから、そんな気をつかわなくとも……」

「ううん、いいの。それに、わたし、何もすることがないのよ……アシェルを説得しようと思ったんだけど、部屋から閉め出されてしまったし。彼が話してくれるようになるまで、手持ち無沙汰ぶさたなの。

 ……ね? だから、あなたがよかったらでいいんだけど、手伝わせてちょうだい」

「それは……とてもありがたいです。ええ、はい、とても。それじゃ、仕事の説明をしないといけませんね。今、おひまですか?」


「ええ。とっても暇よ」


 よっこらせ、と立ち上がったメイルに、エリスはにっこりほほんで言った。

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