表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】生贄にされた王女は竜の城でお茶をたしなむ  作者: なんかあったかくてふわふわしたやつ
第一章 眠れる森のドラゴン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/41

1

「お母様が、死んでしまった……」


 うららかな春の昼下がり――にもかかわらず、分厚いビロードのカーテンを閉め切った私室で、エルマギア王国王女エリスティーナは泣いていた。


 大きく豪奢ごうしゃなベッドに黒い喪服もふくのドレスのままして。喪服よりも黒い、闇夜やみよを写し取ったような長い黒髪が、ドレスのすそと一緒に、さざ波のように広がっている。夜の海のように、それが微かにふるえていた。

 女王である彼女の母イルディーダが崩御ほうぎょしたのは十日前のこと。その葬儀そうぎが先ほど終わったばかりだった。


「お母様、どうしてってしまったの………………どうして……」


 母のことをおもえば想うほど、胸がえぐられたように痛み、涙は雪解け水のようにあふれた。優しく聡明そうめいだった母、強く気高かった偉大いだいな女王――イルダはエリスのあこがれで、目指すべき存在だった。子供の頃に王婿おうせいであった父が亡くなってからは、エリスにとって一番大切な人だった。

 女王としても、人間としても、教えてもらいたいことがたくさんあった……なのに、もうそれは叶わない。いつでも聞けると思っていた自分が、とてもおろかしかった。人の命の確かな刻限こくげんなど、誰にも分からないというのに。


「わたし、これからどうしたらいいか分からないわ……」


 葬儀が終わった現在。ここからは戴冠たいかん式の話が進んでいくに違いない。

 だが、問題があった。

 即位そくいをする上での、エリスに関わる問題だ。

 そして、即位できたとしても、さらに国の抱える問題があった。


「お母様………………」

「姫様、失礼いたします」


 エリスがもう何度目か母を呼んだ時、私室のドアが静かに開けられた。

 低い男の声に、エリスはあわてて涙を引っ込ませる。


「そうして黒い衣装いしょうをまとわれていると、本当に“魔女まじょ”のようですねえ」

「……ハーデュス大臣、婦女子の部屋をみだりにおとずれるだなんて、無礼ではありませんか」


 起き上がったエリスは、きっ、と部屋の入り口をにらんだ。

 そこにいたのは年若い大臣のハーデュスだ。

 黒土のような涅色くりいろの髪を背中で一(くく)りにした彼は、人懐ひとなつこそうな、けれどすきのない笑みを浮かべてエリスを見ていた。


「ですから、失礼いたしますと。泣いておられたようですが、そのようなひまはありませんよ、姫様」

「………………っ!」


 エリスは顔をらす。

 普段はサファイアのように青い瞳がすずやかな彼女の目元は、泣きはらしたためウサギのように真っ赤になっていた。

 ……失態だった。この男(ハーデュス)に、こんな顔を見られるなんて。


「悲しかったのですねぇ。なんなら、私のむねで泣けばよろしいのに。いくらでも貸して差し上げますよ?」

「…………ごめんだわ」


 ハーデュスは無遠慮ぶえんりょな速度でエリスに近づいてきた。

 エリスのあごつかみ、口づけるように顔を近づける。


「き――気安くさわらないでちょうだい!」


 エリスは力尽ちからづくでそのうでを振りほどき、ハーデュスを突き飛ばした。

 れられた部分が気持ち悪い。肌がぞわぞわとあわ立った。


「ふうん……どうしても、私と結婚するのは、いや?」

「……何度も言ってるでしょう、嫌よ。絶対に」


 エリスの冷ややかな拒絶きょぜつに、ハーデュスは、くっ、と口角を上げる。


「……そう言うと思っておりましたよ。けれど、分かっておいでですよね。あなたが次の女王に即位するためには、伴侶はんりょが必要だということは」


 ハーデュスの言葉に、エリスはぐっと押しだまる。


 エリスが即位する上での問題。

 それは、この“伴侶”のことだ。


 エルマギア国は、代々女系の王族が王位をぐ。けれど現王女が次の女王として即位するためには、男子と婚姻こんいん関係を結ぶことが条件だった。

 この国が成立してから千年。例外は一つもない。


「姫様は、私以外に心に決めた方がいらっしゃる?」

「別にいないわ…………けど、あなただけは……」

「はっ……それじゃ、適当てきとうにその辺の男の中からでも選びますか? そういうわけにもいきますまい?」


 エリスは、ぐっとくちびるんだ。

 ……その通りだった。

 めぼしい王族や貴族も、残念なことに現段階では見当たらない。


「ですから、もう一つの条件をしていただこうと思いましてね」

「もう一つの、条件……?」


 エリスはハーデュスを見て身構みがまえた。他に条件があるなど、初めて聞く話だ。


「はい。お相手の見つからない姫様を即位させるために、このたび元老院げんろういんがもう一つの条件を決定いたしました。姫様には、あることをしてもらいたいのです……ああ、そんなに構えないでくださいよ。大丈夫、姫様にならできるはずの些事さじですから。その説明をさせていただくために呼びに来たんですよ……さあ、おしいただけますか」


 ハーデュスがうす笑いを浮かべたまま続ける。

 エリスは黙ってベッドを下りた。ドレスをしゃんとさせる。


「些事だろうが何だろうが、女王になるためなら……ええ、聞きましょう」


 毅然きぜんとした態度たいどでエリスはハーデュスに付きしたがった。

 涙で湿しめった目元をかわかすように、風を切って歩いてゆく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ