第98話 お迎えに
ピゲストロさんのお屋敷に出向いてから数日、また町に使いのオークがやって来ていた。
「おお、アイラ殿。ピゲストロ様がお呼びでございます」
街中で私を見かけた途端、嬉しそうな顔で声を掛けてくる。
「まったくどうされたんですか。悪いですけれど私はまだ用事の最中です。それが終わってからでよろしいですか」
「むむっ、そうか。ならば自警団で待たせてもらおう。自警団にも話すことがあると言われているのでな」
「分かりました。では、用事が済み次第自警団に向かいますので、お待ち下さい」
私はこう伝えて、一度オークと別れた。
男爵様のところに、いつも通りポーションと茶葉を納める。
それが終われば、私は自警団へと向かう。そこにはさっきのオークが待っていたのだけど、もう一人久しぶりな人物が立っていた。
「あれ、クルスさんじゃないですか。いらしてたんですか」
「うむ。マシュローの町を訪れた領主様に、様子を見に行くように命じられてな。マリエッタがいなくて参ったものだよ」
どこかすっきりしない顔をするクルスさんだわね。一体どうしたのかしら。
様子のおかしいクルスさんを見て、私はつい首を傾げてしまっていた。
「そのマリエッタ殿ですが、ようやく我々オークの識字率も上がりましてな、ようやくお帰り頂くことができるようになりました。いや、無茶な注文だとは思っていたのですが、受けて下さり感謝しておりますとも」
使いのオークはクルスさんに頭を下げている。
事情をうまく理解できないクルスさんはどう反応したらいいのか困っている。なので、私がその説明を行う。
私からの話を聞いて、クルスさんはようやく事情を飲み込めたようだった。
「そうか。それはピゲストロ殿は大変だったな。こちらとしては魔族相手だからと、どこか放任……といえば聞こえがいいが、事実上は放置していたのだろうな」
「おそらくそうでしょうね。基本的に魔族に対していい感情を持つ人間はいませんでしょうからね」
クルスさん側の事情を汲んで、私は同意しておく。
話を終えた私たちは、オークと一緒にピゲストロさんの屋敷へと向かうことにした。
ティコとキイに乗れば、夜通し歩いて四日かかるような道でも、一日休憩すれば到着できてしまう。
一応、街を発つ前に男爵夫妻と自警団の団長代理には話を伝えておいた。
「ここがオークの屋敷か。ずいぶんときれいな屋敷だな」
「私たちメイドがしていたことを、オークたちが行っているそうですよ。鍛錬にもなると一部のオークは喜んでやっているそうですよ」
「ふぅん……。汚いってイメージがあったけど、意外とマメなんだな」
「はっはっはっ、ピゲストロ様はそういうお方ですからね。気配りもしっかりされたお方ですし、とてもお強いですから我々も慕っておるのですよ」
私たちの話を聞いていたオークが大声で笑っている。さすがにでかい声だったらしく、キイが耳を塞いでいる。
「おっと、すまないキイ殿」
オークはキイに頭を下げて謝罪している。
いくら相手が魔物とはいえ、恩義のある私の従魔だからだろう。律儀なのは、さすがピゲストロさんの部下だと思う。
ティコとキイからみんなが降りると、私は二匹を小さくする。ティコを腕に抱えて、キイを頭に乗せた私は、みんなと一緒にお屋敷の中へと入っていく。
「アイラ、重くないか?」
「平気ですよ。魔族って頑丈ですから」
私はけろっとした表情でクルスさんの質問に答えておいた。ぎょっとしていたけれど、事実だものね。
オークの案内でピゲストロさんの部屋へとやって来る。
ピゲストロさんの部屋の中には、仕事のサポートとオークの識字率を上げるために呼ばれていたマリエッタさんたちも揃っていた。
「やっと来ましたのね。待ちくたびれましたわ」
「マリエッタ、無事だったのか」
「ええ、あの子たちもいましたから、オークたちとの交流も実に普通のものでしたわ」
マリエッタさんが目を向ける先には、ファングウルフたちが座っていた。彼らも仕事を手伝っている個体で、重要度をかぎ分けるという特殊な能力を有しているそうよ。
ティコたちもだけど、私の従魔って普通の魔物とは大違いよね。
私はファングウルフたちを見つめると、嬉しそうにしっぽを振りながら私を見つめ返してきていた。
褒めてほしそうだから、あとでたっぷり褒めておきましょう。
その日は日が暮れ始めたこともあって、ピゲストロさんたちと会食を行うことになった。
オークたちとの食事って、あまり記憶にないけどどんなだったかしら。
「アイラ、食事は普通ですわよ。彼らは普通のオークとはかなり違いますわ」
マリエッタさんがこう言うのだから、信じてみましょうか。
その夜の食事だけれど、本当にいたって普通の食事だった。マリエッタさんたち人間がいることもあってか、人間向けの食事を作ってくれたらしい。どこで覚えたんだろう、この料理……。
そしたら、ピゲストロさんから意外な事実が告げられた。
「アイラ殿、あなたの料理が原因ですぞ」
「へ?」
「我らの料理長は、アイラ殿が作ってくれた料理に感動して、その料理を真似してここまでたどり着いたそうですからな」
「そ、そうなのですね」
あまり覚えていない。
あの頃は忙しすぎて、何をしていたのかうろ覚えだわ。ピゲストロさんのことも覚えていなかったもの。
どうやら、私は知らないところでオークたちに多くの影響を与えていたようだ。
この日の私たちはもう夜も遅いということで、お屋敷に泊まることになったのだった。




