第92話 従魔を預けて
男爵様と話をした後、私は町の広場……じゃなくて、町の外で一部の住民を集めることになった。
それというもの、従魔化した魔物が増えたからなのよ。このまま目撃されれば討伐騒ぎになるので、知らせておく必要があるという判断からだった。
町の外に何名か集まってもらったところで、私はマリエッタさんが見守る中、ティコたちを元の大きさに順番に戻していく。
マンティコアが一体とキマイラが三体。
さすがに大型の魔物が四体もいれば、町の人たちは恐怖に震えてしまっていた。
「当然ながら怖がりますわよね……」
「だろうな。私も初めて見た時は怖かったものだよ」
男爵様親子は、そういいながらのんびりと構えてティコたちを眺めている。
「よーし、みんないい子ね。町の人たちに挨拶しましょう」
「ぐるるっ」
私が手を伸ばして撫でてあげると、ティコたちは機嫌よさそうに笑顔を見せながら、町の人たちに頭を下げている。
魔物が私のいうことを聞いている様子を見て、みんな信じられないものを見ているような表情をしていた。
「しかし、改めて驚かされるな。マンティコアは上位の魔物で人に懐くことなどない。キマイラはそのさらに上位だ。人里に見えたら、その町や村は全滅したと思えと言われるほどの魔物なんだからね」
「そうなのですわね。それでしたら、ますますアイラの存在は頼もしいかぎりですわね」
「そうだな。我々と仲良くしてくれている間は、この上なく心強い味方だよ」
真横でこんな話をされていては、なんだか恥ずかしくなってくる。
私が裏切るような可能性を口にしているけれど、元人間の私が人間の敵になることはまずないと思うのよね。
なので、私はティコたちを待機させて、二人に近付いていく。
「もう。私は元人間ですから、人間と敵対する気はありませんよ。敵対するくらいなら引きこもります」
「ぜ、全部聞いていたのか?」
「はい、聞こえていました。魔族になってからというもの、能力は全体的に上がってますからね」
「それはすまなかったな」
私が両手を腰に当てながら言うと、領主様は素直に謝ってくれた。なので、これはこれで終わりです。
「それで、キラとマイの二体は町の防衛のために置いていこうと思うんですよね。小さくてもそこらの魔物には負けませんし。ねっ、みんな」
「ガウッ」
私が話し掛けると、キマイラたちが揃って返事をしている。呼ばれた名前に入ってなかったキイもやる気十分のようね。
元気のいい返事が聞けたところで、私はキラとマイの二体を小さくする。小さくなった二体を抱きかかえると、マリエッタさんへと近付いて手渡しをする。
「あら、わたくしに預けるのですか?」
「ええ。マリエッタさんは自警団ではないですか。この子たちも町の警備に一役買ってくれると思いますので、マリエッタさんにお預けするんですよ」
「そんな……。責任重大ですわね」
「ミャウ!」
「ウニャーン」
マリエッタさんに抱えられた二匹は、悪くないといった感じで鳴いている。私が信用している相手なのか、この子たちも暴れるようなことはなかった。
「ガウ、ガウッ」
一体だけ仲間外れにされたキイが騒いでいる。
私はすぐに近寄って、キイの顔を撫でて落ち着かせる。
「大丈夫よ、キイ。あなたはティコと一緒に私のところよ」
私がそう声をかけてあげると、さっきまで騒いでいたのが嘘のようにおとなしくなってしまった。
「嘘だろ。あの狂暴な魔物が一瞬で……」
「信じられないわ」
「あの子には逆らっちゃいけないな」
みんな言いたい放題だわね。全部聞こえているからね?
まぁ、町の人たちの声にいちいち反応していても身がもたないから、ひとまず聞き流しておきましょう。
「それでは、私はそろそろ戻りますね。用事は全部済ませましたし」
「ああ、いつも本当にありがとう」
「いえいえ、そういう約束ですからね」
男爵様に私は笑顔を向けておく。
「それでは、マリエッタさん。キラとマイのことをお願いしますね。その子たち、お肉が好物ですから」
「分かりましたわ。ちゃんと面倒を見ますから、アイラも時々見に来てあげて下さいね」
「分かっています。いつもの用事の時にちゃんと会いに行きますよ」
私が笑いかけるとキラとマイは嬉しそうに笑顔を見せていた。三つある顔が全部笑っているので、なんとも不思議な光景だわね。
「小なれ!」
私はティコを小さくする。いつもティコに乗ってばかりだものね。
小さくなったティコは、私の胸に抱かれている。
「それでは、また二日後に」
「ああ、頼むよ」
男爵様の言葉に、私は満面の笑みでこくりと頷いて返事をした。
「それじゃキイ、家に向けてお願いね」
「ガウッ!」
私はティコを自分の前に座らせると、男爵様やマリエッタさんたちに向けて笑顔で手を振る。
男爵様たちも手を振って見送ってくれる。マリエッタさんはキラとマイを抱えているので手が触れずにいたけれど、代わりにキラとマイが前足を振っていた。
その様子が見えた私は、安心して家路につく。
先日従魔にしたばかりとはいえ、置いていくことには不安はあった。けれど、これなら心配はなさそう。私はそう思ったのだった。




