第87話 異変の正体
ティコに乗って移動すると、歩いて四日もかかる道のりもあっという間だった。
「あの屋敷の北側に、こんな光景が広がっているなんて……」
目の前に広がるのは、山がちな光景だった。
この山が、現在ピゲストロさんが治めている屋敷とマシュローとの間の経路を歪めている山。もっといえば、私の故郷の方向の崖に繋がる山らしい。
「ファングウルフは生息域こそ広範囲にわたるが、この辺りではこの山の中腹のやや下で暮らしている。そんな彼らが追い出されてきたということは、この山に何か異変があったということだろう」
「そうなんですね」
ピゲストロさんの話を聞いて、私はファングウルフたちに視線を向ける。
大きなティコの背中からなので、見下ろす形になってしまう。
ファングウルフたちは私たちの方を見ることなく、山の方をずっと見ている。どうやら、自分の元々の住処を見て懐かしんでいるようだった。
私の従魔となっても、やはり故郷というのは特別なのだろう。
すっかりファングウルフたちに感情を寄せてしまった私は、どうにかしてあげたくて心が苦しくなってしまう。
「ピゲストロさんのいうことを聞くように伝えますので、私とティコで山の様子を見てきます」
「大丈夫なのか、アイラ殿」
「私には魔導書もティコもいますし、よっぽどじゃなければ大丈夫です」
今回かなり警戒をしているせいか、普段は一冊しかついてこない魔導書がなんと二冊に増えていた。魔導書がついてくるということは、北側にあるあの山には何かがあるとみて間違いないと思う。
私はピゲストロさんとファングウルフをその場に待機させて、北の山へと向けてティコと進んでいく。
羽を出しての飛行スタイルなので、あっという間に山が迫ってくる。
そういえば、私がこっちの方にやって来るのは初めてだ。遠くから見ていた限りでは分からなかったものの、この辺りの山はかなり高さがあった。
「こんな山のふもとあたりに住んでいたのね、あの子たち」
「がるっ!」
空でとどまりながら、私は地上の様子を見ている。
その時だった。
「がるるるる……」
「どうしたのよ、ティコ」
ティコが突然唸り出した。
何事かと顔を上げた私の視線の先には、魔物の姿が見えていた。
「えっと、三体かしらね」
普通なら慌てるところだけど、この時の私はどういうわけかとても落ち着いていた。
「鑑定!」
すぐさま私は鑑定魔法を使う。
魔物は目の前にいるけれど、ティコもいるのでどうにかなると思ったからだ。
『キマイラ
獅子とヤギの頭部、獅子の胴体、蛇のしっぽにこうもりの羽を持った混成獣』
説明文が思ったより少ない。これでは能力がどういったものか把握しづらいわね。
ティコですらかなり警戒しているので、おそらくかなり強い魔物なのだろう。空も飛べるわけだし、こちらの強みが活かせない。
できるとすればしっぽの毒による弱体化だろうけど、向こうも蛇のしっぽを持つので通用するのか分からない。
ひしひしとその強さが自分の身に伝わってくる。
「これは、厳しそう?」
「がるっ」
ティコは頑張るといったような返事をしている。
目の前のキマイラたちは襲ってくる気配はない。これ以上近付くなと、縄張りを主張しているように見える。
「ぐるっ、ぎゃうぎゃうっ!」
「てぃ、ティコ?」
私がどうしようかと悩んでいると、ティコが吠え始める。
するとどうしたことだろうか、キマイラたちの方も何かを叫んでいる。
「もしかして、話をしている?」
ティコが静かになった時に、キマイラたちが吠え始めているので、どうやら会話をしているとみられるようだ。
ティコとキマイラたちの睨み合いは続いている。
その最中、ティコがちらりと私に視線を向けてきた。
「ふむふむ、この山は自分たちのものだ。入るものは誰であろうと排除する。そう言っているのね」
「がるっ」
こくりとティコは頷いている。
つまり、キマイラたちはこの山を自分の住処としたというわけか。
「ティコ、ふもとに降りてくるかどうかを確認できるかしら」
「ぐるっ」
やってみるという感じの返事をしたティコは、再びキマイラたちに話し掛ける。
「そっか……。餌がないと困るものね。とはいえ、ふもとに降りてこられては私たちの生活にも影響が出るわ」
事情を理解したとはいえ、私はとても受け入れられるという状況にはなかった。
強大な魔物はあっという間に獲物を狩り尽くしてしまうし、弱い魔物や動物たちは恐れて逃げてしまう。そうなると、いずれこのキマイラたちはまた移動をすることだろう。
となれば、今後もこういった被害がなくなるわけではない。今まで見たことがないので、おそらくは北から来たはず。どの方向に進んでも、私の知っている人に被害が及びかねない。
そう考えた私は、今ここで、どうにか解決策を見出した方がいいかもしれないと考えた。
「……ティコ、戦いましょう」
「がるるっ!」
私は決意を固める。せっかく魔導書も二冊ついて来てくれているんだし。
私が敵対の意思を見せると、キマイラたちも空中で身構えている。
マンティコア一体と一人対キマイラ三体。猛獣たちによる空中戦が、今ここに始まろうとしている。




