第79話 安心とまどろみと
ようやく堅苦しい城から我が家に戻ってこれた。
家の中に入った私は、ぼふんとベッドへと飛び込む。
「はああぁ……、疲れたわー……」
うつぶせに倒れ込む私は、大きくため息をつく。
「にゃうん」
私の顔の隣にはティコがやって来た、顔をこすりつけてくる。
「うう、ありがとう。ティコは最高のパートナーだよう」
思わず私は、ティコをがっちりと抱き締めてしまう。
ちょっと苦しそうに鳴いたので、慌てて手を放していた。
「ああ、ごめんね、ティコ」
私は体を起こして、平皿に水魔法で水を入れる。
ここまで頑張ってきたティコに、ちゃんとお水を与えなきゃね。のどが渇いているだろうから。
ティコの前にお皿を置くと勢いよく水を飲み始めていた。やっぱりかなりのどが渇いているようだった。
「ふふっ、たっぷり落ち着いてお飲み、ティコ」
「にゃう」
私が笑顔で話し掛けると、ティコは嬉しそうに鳴いていた。
それにしても、最近は散々というものだったわね。
お兄ちゃんがやって来て故郷の国の城に行ったり、かと思えば危険視されて襲われて、今住んでいる国の城に行ったり。本当に嫌になるわ。
私はのんびり暮らしたいだけだというのに、どうしてこんなことになったのかしら。
一応、両国ともに説得ができたので、これで私の生活は当面は安泰だと思いたいわね。何が起こるか分からないので、将来においては不安もあるけれど。
でも、そういった悩みもティコの姿を見ているとどうでもよくなってくるわね。本当に可愛いったらありゃしないもの。
ティコに水を飲ませた私は、とりあえず洗浄の魔法で体や服をきれいにすると、疲れからかそのまま眠ってしまったのだった。
翌日、いい天気に恵まれたとあって、ベッドのシーツなどを一度天日干しにすることにする。
近くで適当に拾ってきた木を組み合わせて作った粗末な布団干しがあるので、それに布団を引っかけておく。
お日様にさらしておくと、その日の布団はふんわり感が違うものね。たまにはこうやって干しておかなきゃね。
「そういえば、ティコ」
「にゃう?」
私が話し掛けると、ティコは首をこてんと傾げている。
「あなたってば魔法が使えたのね。魔物って魔法が使える個体もあるのね」
「にゃう!」
私の質問に答えるように、ティコは目の前に小さな竜巻を発生させていた。
今は小さな幼獣の状態になっているためか、魔法の威力がかなり抑えられていた。
くしゃみをするような仕草をすると、発生させていた竜巻がそのまま消え去ってしまう。
「驚いたわね。魔法をコントロールしているわ。なるほど、それで私の髪の毛も整えられたのか……」
先日の城での目覚めにできた寝癖を、ティコが魔法で直してくれた一件を思い出す。
あの時の魔法を見る限り、ティコは幼獣状態でもそこそこ繊細で強力な魔法が放てるようだった。
「う~ん、うちの子ってば天才なのでは?」
私はついついそんなことを口走ってしまうのだった。
ひとまず布団を干した私たちは、いつもの通りに過ごすことにする。
薬草を摘み、茶葉用の葉っぱを摘み、それからご飯用の魔物を狩る。
ティコは幼獣状態で、どのあるしっぽを使わなくても十分魔物が狩れるようになっていた。
やっぱりうちの子は天才なんじゃないかしらね。
私が感心した様子で眺めていると、倒した魔物を踏みつけながら、自慢げにティコは鳴いていたのだった。
この日手に入ったものを整理しながら、収納魔法の中でしまい込むと、私とティコは家に戻っていく。
お昼を済ませると、ポーションと茶葉をいつものように作り、その後はお風呂でさっぱりしてから久しぶりに書庫で本を読んで過ごす。
「まだまだ分からないことが多いから、しっかり学んでおかないと……」
ティコと一緒に過ごすようになってから、マンティコアの生態にも興味が出てきたので、書庫の中から情報がないかと探すことが増えた。
さすがの前の住民も、マンティコアについては情報を集めていなかったのか、書庫にはその情報はあまりなかったようだった。
「う~ん、残念。それにしても、ティコってばオスなのかしら、メスなのかしら。伴侶も見つけてあげなきゃね」
「みゃうん?」
本を読み終わった私は、ティコを抱えてじっと目を見ている。ティコは何のことか分からないのか、ずっと首を傾げながら私を見ていた。
「でも、マンティコアってまだまだ怖いのよね。ティコは別よ? でも、私はマンティコアが死因に絡んでるからね」
「うみゃあ……」
ティコは私を気遣っているのか、手の中でバタバタと暴れている。その仕草のすべてが可愛いわね、本当に。
すっかり辺りは真っ暗になってしまっていたので、私はひとまず書庫での読書を終える。
ティコと一緒に食事を済ませると、その日はすぐに休むことにする。なんというか、まだ旅疲れが抜けきらないってところかしらね。
実際いろいろあったものね。家に帰って安心したというのもあるかもしれないし。
「それじゃ、おやすみね」
「にゃうん」
私はティコと挨拶をすると、日干しをしてふかふかになったシーツの中へと潜り込んだのだった。
ああ、いいにおい。
あまりの心地よさに、驚くほどすとんと眠りに落ちてしまう私なのだった。




