第78話 立つ鳥、揉め事を残す
私としてはもう話すことがないので、朝食を終えると国王たちに家に帰る話をする。
ところが、国王はまだ引き止めたいのか、返事をなかなかしてくれない。
そっとしておいてくれないとポーションとかを納品しないと交換条件を出すと、ようやく帰ることを了承してくれた。
「ずいぶんと国王陛下に強く出るな」
「私はのんびりとした生活をしたいだけです。元々は隣国の町に住んでいたただの平民なんですから」
クルスさんが呆れたように話し掛けてくるものだから、私は嫌な顔をしながら反論をしておいた。
私の強い態度に、クルスさんも納得したような表情を見せている。
「まあ、俺としてもアイラの意思は尊重したいからな。ただ、貴族として、面と向かって国王に逆らえないからな、俺の場合」
頭を擦りながら、クルスさんは悩ましそうな表情をしていた。
本当、貴族って面倒くさいわね。
そんなことを思いつつも、私は一度客間へと戻る。
収納魔法があるので、荷物自体はそこにしまい込んでいる。けれど、元々宿屋で仕事をしていたこともあってか、使った部屋をちゃんとしないと気が済まなかった。
うん、染みついてしまった癖っていうやつかしらね。
ベッドやらテーブルや椅子やらをきれいにしてから私は部屋を出る。城の入口方向へと歩いていると、クルスさんと……国王が立っていた。
「クルスさん! ……と国王陛下?」
私の表情が曇った。あれだけしっかり断ったのに、どうしてここにいるのかしら。お見送りでもお断りなんだけど。
「アイラといったな。最後にぜひとも見せてもらいたいことがある」
「お断りします。ポーションを作ってみせろですよね?」
国王相手に鋭い目つきをする私に、クルスさんが慌てている。
「いや、その通りなんだが、ダメなのか?」
私の反応に、国王もたじたじである。
「お忘れですか。私は別に国に逆らうつもりはありませんけれど、私の手元にはそれ相応の手段があることを」
「う、ぐっ……」
私がすごむと、国王がさらに後退る。
「クルスさん、ティコをちょっとお願い」
「あ、ああ……」
私はティコをクルスさんに手渡すと、収納魔法から空き容器と薬草を取り出す。
空き容器に薬草と水魔法を入れて魔力を注ぎ込んでいくと、あっという間にポーションを作り上げた。
「ほら、これでいいでしょう。上級ポーションだから、薄めれば中級、下級にできるわよ」
容器に栓をすると、怒ったように国王に押し付ける。
「帰りますよ、クルスさん」
「ああ、そうだな」
ずかずかと私は外へと向かって歩き出す。
「申し訳ございません、国王陛下」
クルスさんが謝罪する声が聞こえてきた気がするけれど、私の気分はすこぶる悪かったのでまったく止まることはなかった。
「おい、待てよ」
「クルスさん、遅かったですね」
「当たり前だ。君が国王陛下を脅すから、俺が代わりに謝罪をしておいたんだ。下手に国王陛下に逆らうのはやめてくれ」
「そうはいわれましてもね……」
クルスさんに謝罪されては、さすがに私も反省はする。
国王は初めて会ったわけだし、その上で頭に来たのは事実だもの。
「まあ、約束通りにポーションと茶葉は納めますからね。約束は守るタイプですから。ただ、私はのんびりとした生活がしたいだけなんです。そのためだったら、国王相手でも逆らいますよ」
「頼むから城の中でそういう発言はやめてくれ。一緒にいる俺まで疑われる」
クルスさんは城の中の方を振り返りながら、困った顔を見せている。
「それはごめんなさい。でも、私はもう何にも縛られずに生きていくの。これだけは譲れないから」
「分かった分かった。とりあえず帰るとしようか」
「ええ。ティコ!」
「みゃうん!」
クルスさんに抱かれていたティコがぴょんと地面へと降りる。
「おい、ここで元に戻す気か?」
「ええ、一刻も早く去りたいから!」
私はさわやかな笑顔とともに、ティコを元の大きさに戻す。
ティコはしゃがみ込む。
「さあ、乗りましょう」
私とクルスさんを背中に乗せると、ティコは背中の羽を広げて空へと飛び上がる。
この時の姿は王都を騒然とさせたようだけど、城からお触れが出てすぐさま沈静化したらしい。その話を後日聞いた時は、まぁいいお返しになったかしらと満足したものだった。
ティコの背中に乗っての空の旅というのは快適なものだわね。吹き抜けていく風が心地いいわ。
馬車で何日もかけてやってきた道のりが、ティコの背中ならたった数日間で戻れてしまう。
ただ、ティコはずいぶんと目立つので、マシュロー以外の町には寄れないという欠点はある。でも、それを差し引いてもなかなか快適な旅よね。
時々休憩を挟みながら、私はまずはクルスさんを降ろすためにマシュローの町に寄る。
「まったく、国王陛下がどのような判断を下すか分からないから、しばらくは警戒しておいてくれ。まったく、いろいろ面倒を起こしてくれて困ったもんだ」
「反省はしてますよ。ただ、国王だからといっても気に食わなかったのは事実です。それに、納品はちゃんとしますから、使いの人にはちゃんと伝えておいて下さいよ」
「分かってるよ」
私はクルスさんに念を押しておく。そして、挨拶をしてマシュローを去る。
こうなると、もう自分の家まではもう少しだった。
「家までもう少しよ。頼むわね、ティコ」
「がるん!」
ティコの背中に乗って、ようやく私は家に戻ってくることができたのだった。




