第67話 隣国の城
町で確認した場所へと向かうと、そこには確かに大きな城があった。
「うわぁ、本当にお城がある。ベルってばよく知ってたわね」
「当たり前だぞ。あの一件での生存者は、一時的に城で保護されてたんだからな」
「あ、そうなのね。私は死んじゃったから知らなかったわ」
ベルはそんなことは話してくれなかったけど、そんなことがあったのね。
城に着く手前で、私はティコを小さくしておいた。さすがにマンティコアは目立つから仕方ないわよね。危険度の高い魔物だし。
「みゃう」
私の腕に抱かれながら、ティコは小さく鳴いていた。
「アイザックだ。例の魔物とそれを連れた女性を発見したので連れてきた。通してくれ」
依頼書を見せながら門番と話すお兄ちゃん。門番は依頼書を確認した後、私とティコをじっと、これでもかというくらいに見てくる。
さすがにここまでしつこい視線を向けられると、私はティコを構えたままつい身構えてしまった。
「すまないが、あまり見ないでやってくれ。こいつらは危険じゃない。なんたって俺がいるんだからな」
「はっ! こ、これは失礼しました。では……お通り下さい」
お兄ちゃんに注意されて、ようやく門番は見るのをやめてくれた。正直言って気持ち悪い。
ティコもかなり不快だったのか、門番に向けて威嚇の唸り声をあげている。
「ティコ、我慢して。ここで暴れちゃったら台無しよ」
私がティコを抱きしめると、分かってくれたのか、ティコはおとなしくなってくれた。
私とお兄ちゃんは、城の兵士に連れられて国王の前までやって来た。
(あの人が、この国の国王陛下か……。若いところを見ると、さすがに私が人間だった頃の王様のご子息様かな)
国王を目の前にしながら、なんとものんきなことを考えてしまっていた。
「よく戻ったな、アイザック」
「はっ! 陛下のご命令とあれば、無事に遂行するものと心得ております」
うーん、どこか答えになってないな。お兄ちゃんって全方向に音痴なのかな?
「ふむ。して、そちらの女性が、町で目撃された魔物使いかな?」
「その通りでございます」
「そうか。女、面を上げよ」
「はい」
国王に命令されたら従う。平民たる私には染みついた習慣ね。
私はすっと顔を上げる。
「ほう、思った以上に若い女性だな」
ええ、若いですよ。なにせ死んだ時は二十歳にもなってませんでしたからね。
心の中で文句を言っておく。口に出したら不敬罪にとられかねないもの。
「それで、その隣にいるのがおぬしの魔物かね」
「はい、その通りでございます。名前はティコと申します」
「ふむ、それが本来の姿かな?」
名前まで答えると、国王から続けて質問が飛んできた。
この様子だと、直前に目撃された大きなマンティコアとの関連も疑われているんでしょうね。
とはいえ、ここまで大きな状態でやって来ているので、隠す意味はまったくない。正直に言うべきね。
「いえ、違います」
「ほう、違うと申すか」
「はい、この子は魔物のマンティコアの成獣。本来はとても大きいです。ここくらいの広さなら余裕で入るでしょうが、重さに床が耐えられるか……」
「にゃうう……」
私がそういいながらティコを見ると、まるで「そんなに重くない」といわんばかりに目を潤ませていた。
しかし、国王は別に慌てることはなかった。
「だったら……。大臣、床の補強を頼む」
「はっ、承知致しました」
国王は同席している男性に声をかけ、魔法を使わせた。土魔法らしくて、それによって床を強化しているらしい。
「では、見せてくれるかね?」
「承知致しました。大なれ」
私が魔法を使うと、ティコの体が元のサイズに戻っていく。
ティコの頭の位置は、まだまだ余裕がありそうな位置で止まっていた。
「これは……、想像以上にでかいな」
国王が驚く中、ティコはおとなしくその場に寝そべる。間近で見るとその状態でもやっぱり大きい。
「しかし、あの猛獣マンティコアが、こんなにおとなしいとは……。目の前で見ても信じられませんね」
大臣がじっとティコを眺める中、そのティコは大きなあくびをしていた。ここまでずっと走ってきていたから疲れているのかもしれない。
「それで、どうしてこの者たちが無事でいるのかな、アイザック」
「それはですが……」
(またずいぶんと意地悪な言い方をするわね。お兄ちゃん、ガツンといっちゃって)
私が視線を送ると、お兄ちゃんは安心したような顔をしていた。
私の顔を見たお兄ちゃんは、国王へと向き直る。
「実はこの女性は、二十年前に死んだ俺の妹なんです」
「なんだと!?」
うん、予想通り国王が大げさなくらいに驚いている。
「事実です。私は魔族の手によって魔族として蘇生されたんです。つい最近までは魔族の屋敷で働かされておりました。今は自由の身ですけれど」
「反魂の魔法……。魔族はそんなものに手を出していたのか」
国王は急に難しい表情をしている。
「ああ、すまないな。報告は以上かね」
「は、はい。そのくらいです」
国王の問い掛けに、ちょっとぼーっとしていたお兄ちゃんはそう答えてしまっていた。
いや、終わりじゃないよね?
しかし、その返事を聞いた国王は、さっさと話を切り上げてしまった。
「では、今日は城に泊まっていくとよい。何か思い出したことがあれば夕食の席で聞くとしようではないか」
「お客人を部屋まで案内しろ」
「はっ!」
早々に話を切られてしまった。
この状況ではこの流れに従うしかなさそうなので、私はティコを再び小さくすると、お兄ちゃんと一緒に客間へと案内されたのだった。




