第66話 寄り道
まずピゲストロさんの屋敷に寄ると、ピゲストロさんの仲間を弔いに行く。
ピゲストロさんは大きいから嫌がると思ったけど、ティコは嫌がるそぶりも見せずに背中に乗せていた。私に対して好意的な人は、ティコも嫌がらないみたい。
「今さら言って許されるわけじゃないが、すまなかったな」
お兄ちゃんがピゲストロさんに謝罪をしている。
「確かに。すでに終わってしまったことですからな、なかったことにはできない」
ピゲストロさんは仲間の墓標の前で背を向けたまま話している。
「だが、貴公の気持ちもよく分かる。ましてや犠牲は身内だ。貴公の当時の苦しみは相当なものだったであろうな」
立ち上がってくるりと、ピゲストロさんはお兄ちゃんを見ている。
「ここで殺し合ったとして、結局は過去の繰り返しだ。それに、数奇なめぐり合わせながら、貴公の妹君はこうやってここにいて、我らはその世話になっている。ここで貴公を許さねば、恩を仇で返すことになる。それは、我の精神に反するというものだ」
「ピゲストロさん……」
私がぽつりと名前をこぼすと、ピゲストロさんは私を見て微笑んでいた。
その視線に驚きはしたものの、私は微笑み返しておいた。
しばらくは風の吹き抜ける音だけが、その場に聞こえるだけだった。
オークたちを弔った後は、ティコを駆って隣国へと入っていく。
初めて向かった際に苦戦した崖も、ティコの背中にいればなんてことはなかった。
「うおっ、飛んでる……」
そう、ティコの飛行能力だ。マンティコアは羽で空を飛ぶことができるのだ。
目立つからという理由で、普段は羽はしまい込んでいる。ましてや危険度の高すぎる魔物だもの。目立てば討伐隊が出されてしまうわ。
「というかお兄ちゃん、ちょっと聞いていい?」
「なんだよ、アイラ」
「お兄ちゃん、重度の方向音痴なのに、どうやってこっちまで来れたの?」
そう、私の中ではこれが一番疑問だった。昨夜、私の家の中ですら迷っていたくらいだ。初めての場所という補正を入れても、いくらなんでもおかしいレベルだった。
私が真剣に尋ねると、お兄ちゃんはどういうわけかすっと視線を逸らしてくる。
その行動に、私は大きくため息をついて前へと視線を戻す。
しがない町娘でしかなかった私には、城の位置やお兄ちゃんが今住んでいる場所も分からない。しょうがないので、かつて住んでいた町に寄って情報を集めることにする。
「ティコ、前に従魔登録した町まで急ぐわよ」
「がるん!」
ティコは返事をして町へと急いだ。
大きなま町まで来てしまったので、門番さんたちを驚かせることになってしまった。でも、今は急いでいるので仕方ない。
「小なれ」
私は魔法を使ってティコを普段の子猫サイズに変える。
「なんと! あの時の従魔でしたか」
「はい。ティコは本当は成獣なんですけど、みんなを怖がらせると思って魔法で幼獣の姿にしてるんです」
「にゃうん」
私が抱えあげると、ティコは無邪気に私に戯れてくる。状況が分かっているかどうかは分からないけど、この姿には門番さんも笑っていた。
「それはそれとして、そっちのは誰なんだ?」
「迷子の旅の人です。こっちの国の人らしくって送り届けに来たんですよ」
「おい!」
私が門番さんに説明していると、お兄ちゃんが怒鳴ってきた。私はお兄ちゃんと押さえながら、小声で話し掛ける。
「私と兄妹とか話して信じてもらえると思う? ここは黙って旅人で通して。分かる人に後で会わせてあげるから」
「……お前がそういうのなら、仕方ないな」
やっとお兄ちゃんは引き下がってくれた。やっとひと安心だわ。
「今日はちょっと遅いですから、町に入っても大丈夫ですかね」
「ああ、前みたいに身分証を見せてもらえば大丈夫だ」
「うん?」
私はくるりとお兄ちゃんに振り返る。
「持ってる?」
「あるに決まっているだろ。ほら、この通り」
お兄ちゃんが取り出した身分証を見て、門番さんがものすごく驚いている。
「なななっ! あの有名な冒険家アイザック様ですか!?」
ああ、やっぱり有名なんだ。
私が人間だった頃も、宿で自慢してたっけかな。あの時は方向音痴なのは知らなかったんだけど。
「それで、ちょっと聞きたいんだけど、この国のお城ってどっちになるのかしら。この人を送り届けようと思ったんだけど、今住んでいる場所が分からなくて……」
「ふむふむ、いろいろと事情がありそうですな。しかし、城ですか。以前嫌がっていたように見受けましたが?」
「いろいろ考えたら、私とティコに関しては知ってもらっておいた方がいいかなって。身の安全のため、といったところですかね」
「分かりました。それでしたら、自警団の案内をつけましょう」
「ありがとうございます。わざわざすみません」
とりあえず、門番さんとの話で無事にこの国のお城まで向かうことができそうだった。
問題は、私とティコをどうやって認めさせるかだけど、その時になったら考えましょうか。お兄ちゃんをうまく使えばいけるかな?
ふと私はお兄ちゃんへと視線を向ける。
お兄ちゃんは一瞬驚いてはいたけど、笑顔を見せていた。これは期待できるかしら。
一泊した私たちは、朝早くに町を出発して一路城へと向かったのだった。




