第65話 兄妹の語らい
いつもの用事が終わると、私はお兄ちゃんを自分の家に案内することにした。
私以外にもたくさん魔族がいるので、変に暴れられても困るからね。私への風評被害が立っちゃダメだから、家まで連れていくことにしたのよ。
「お前、今こんな森の中で暮らしてるのか?」
「うん、静かでいいところよ。私の師匠だっているからね」
「師匠?」
「うん、錬金術と魔法の師匠。師匠のおかげで、今の私は充実してるんだ~、えへへへ」
私が笑顔で言うと、お兄ちゃんがちょっと笑った気がした。
私の家の前にやって来ると、お兄ちゃんはちょっと身構えたように見える。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「なんだ、この結界は」
「あ、お兄ちゃん分かるんだ。さすが冒険家」
私が住んでいる家には結界が張られている。
以前の主だった人は世間から隠れ住んでいたので、そのために人払いの結界を張っていたのだ。
波長が合うか、入れる人物から招き入れられないと中に入れない結界。お兄ちゃんはそれをしっかり感知していた。
「私の今の家は、みんなから隠されているからね。以前の住民がどうも人嫌いだったみたいでね」
「俺を入れていいのか?」
「当たり前でしょ。今の主は私だし、私はお兄ちゃんが好きだからね」
にっこりと微笑む私を見て、お兄ちゃんははっきりと笑っていた。
「もう、なによ」
急に笑うものだから、つい怒ってしまう。
「いや、昔を思い出しただけだよ。魔族になったっていっても、やっぱりお前はお前なんだな」
お兄ちゃんが楽しそうに笑っているのを見ると、さっき湧き上がった怒りがすっと引いていく。
しょうがないなと思いながらも、私はお兄ちゃんの手を引いて家の方へと歩いていく。こうやって手でも握っておかないと、この結界を抜けられないからね。
結界がある場所を通る時、お兄ちゃんの体が震えたように見えた。
「お兄ちゃん?」
「ああ、悪い。結界に敏感でな、通る時に気持ち悪くなるんだよ。すぐに治るんだがな」
「ふーん、そうなんだ」
なんだかよく分からないけど、ひとまず納得しておく。
とりあえず家の中へと入った私は、すぐさまお風呂を沸かしておく。
「お兄ちゃん、とりあえず体をきれいにしておいて。お風呂に入っている間、魔法で服をきれいにしておくから」
「お風呂があるのか。それは珍しいな」
「お兄ちゃんの家にはないの?!」
「田舎暮らしが染みついてるからな」
私はついつい呆れてしまう。
オークをあれだけ圧倒してしまうお兄ちゃんの腕前なら、結構稼いで裕福な暮らしをしていると思ったんだけど。本人の反応を見るに、どうもそうではないみたい。
ひとまずおとなしくお兄ちゃんはお風呂に入ってくれたので、私はその間に服を拾い上げて洗浄魔法をかけておいた。
「お兄ちゃん、タオル置いておくからね。ちゃんと体拭いてから着替えてよ」
「ああ、分かった」
お兄ちゃんに声をかけた私は、料理の準備をすることにした。
料理ができ上がって待っていると、さっぱりしたお兄ちゃんがやっと食堂に姿を見せた。
「悪い、迷ってた」
「狭い家の中でどうやって迷うのよ。というか、食堂の場所は最初に説明したはずなんだけど?」
あれ、お兄ちゃんってもしかして普段はポンコツだったりする?!
あまりにも予想外なことに、私はただただ唖然とするばかりだった。
「一応、こいつのおかげでここにたどり着けた」
「にゃう~ん」
「ティコ。よしよし、偉いわね」
近寄ってきたティコを、私は抱きかかえて頭を撫でながら褒める。ティコは実に満足そうだ。
それと同時に、私の顔目がけて何かが飛び込んできた。
「ああ、あなたもね。魔導書もありがとう」
閉じた状態でくるりと一回転する魔導書。私が褒めたから喜んでくれているのだろう。
「お兄ちゃん、明日はオークたちのところに戻って亡くなった人たちを弔うわよ。思い込みで攻撃しちゃったんだから、ちゃんと謝罪してよ?」
「お前がそこまで言うのなら、まあ、しょうがないな……」
私が口酸っぱく言うと、お兄ちゃんは本当に気まずそうな反応をしていた。
「ティコもごめんね。こんな人でも私のお兄ちゃんなの。私に免じて、明日はお願いするわね」
「みゃう」
「うん、よしよし、いい子ね」
ティコが顔を向けて笑顔を見せてくるので、私はもう一度ティコの頭を撫でておいた。
「本当に懐いているな。一体どうやったんだ?」
「内緒。私だって信じられないんだから」
本当に、ティコの懐き具合は私も分からない。傷をつけたのは私だし、治したのも私だもの。
でも、今はそれだってどうでもいい。ティコが懐いてくれているのは事実なんだから。
「お兄ちゃん、とりあえず早く食べて。冷めちゃうでしょ?」
「ああ、すまん。……うまい!」
「でしょー?」
お兄ちゃんがおいしさに感動する顔を見ながら、私はにこにこと笑顔を向ける。
こうやっていると、小さい頃を思い出すわ。
私たちは一緒に食事をしながら、つい懐かしさに話が弾んでしまった。
その夜、ぐっすりと眠った私たち。翌日はティコの背中に乗ってピゲストロさんの屋敷へと向かったのだった。




