第61話 襲撃の男
屋敷の外に飛び出して、報告のあった場所へと私たちは走って向かう。
ある程度移動したところで、突然異変が起きる。
「ぐるるるる……」
「ティコ? どうしたのよ」
抱きかかえていたティコが、急に唸り出したのだ。
懐かれてからというもの、初めて見る状態に私は困惑を隠しきれなかった。
「にゃああっ!!」
ティコが私に何かを訴えてくる。大きくしろということなのだろうか。
「大なれ!」
そう理解した私は、ティコを自分から離して元の大きさに戻す。
「おお……、これがティコ殿の本来の姿ですか」
「ぐあああああっ!!」
凶悪な魔物であるマンティコアが姿を現す。これにはその場にいたオークたちが驚いていた。
「心配するな。このマンティコアは我々の味方だ。それよりも現状を伝えよ」
「はっ」
オークの兵士が、ピゲストロさんたちに戦況を報告する。
その話によると、周囲の警戒にあたっていたオークの兵士が襲われたのが発端らしい。ちなみに襲われたオークの兵士たちの生死は不明らしい。
話を聞いていたピゲストロさんの表情が険しくなる。
「全員が一撃で……か。相手は相当の手練れのようですね。分かりました。私がすぐに向かいましょう」
「私も行きます」
「ダメですぞ、アイラ殿。おそらく相手は魔族に対して何の躊躇もないと思われます。であるならば、アイラ殿も魔族である以上、そやつの討伐対象となってしまいます。我々は、あなたを失うわけにはいかないのです」
ピゲストロさんに言われて、私はぐっと押し黙る。
しかし、無差別的に攻撃をされているのであるなら、ここで退いたとしてもいずれ私も襲われる危険性が考えられる。
ならば、私のすることは決まったも同然だった。
「いえ、私も行きます。みなさんが傷ついているというのに、助ける手段を持った私だけが守られるわけにはいきません。手遅れになる前に助けませんと」
私が強く言うと、ピゲストロさんが唸っていた。
そして、最終的にティコの方を見てこういった。
「アイラ殿をしっかりと守るのですぞ」
「みゃああっ!」
ピゲストロさんの言葉に、ティコは元気よく鳴いていた。
ピゲストロさんたちが正面から敵に突撃していく中、私はティコの背に乗って傷ついたオークたちを助ける前に森の中を駆けていく。
開けた場所ではないというのに、ティコはそんなことにお構いなしに走っていく。何度となく木に顔をぶつけそうになるので、私は必死にできるだけ背中に張りついていた。
「これは……酷い」
発見されたオークたちはかなり深い傷を負っているようだった。
それでもまだ息がある辺り、頑丈なだけあるというものだった。この状況には、私はひと安心というところだった。
私は収納魔法から上級ポーションを取り出して、倒れているオークたちの口に含ませる。念のためとたくさん作って持ち歩いていたのが功を奏している。
上級ポーションを飲めば、全快とまではいかなくてもかなりケガを治すことができる。
あっという間に回復して、オークたちが起き上がってくる。でも、さすがに間に合わなかった人たちもいた。その姿に、私は心を痛める。
「何があったのですか、教えていただいてもよいでしょうか」
回復したオークたちから事情を聞くことにする。
オークたちの話では、髪の毛とひげで顔のよく見えない男が、剣を片手に突然襲い掛かってきたらしい。
「俺たちはどうにかとっさに身を躱して浅手で済みましたが、まともに食らった連中は……くっ!」
オークたちは非常に悔しそうな表情をしている。それは私も同じだった。
それと同時にこのままではピゲストロさんたちも危ないと直感で分かってしまう。
私は少しばかりのポーションをオークたちに託すと、ピゲストロさんたちのところまで引き返す。
「ティコ、急いで!」
「ぐわあっ!」
私はティコの背に乗って、来た道を引き返していく。
そこで見た光景は、予想もしない光景だった。
「くっ……、これほどまでの腕前とは……」
「俺の一撃に耐えられた事は褒めてやろう」
私の目には、オークたちが倒れ、ピゲストロさんですら手負いになった状況が飛び込んできた。
「くわあっ!」
「ダメよ、ティコ!」
ピゲストロさんの危機に、ティコが飛び込んでいく。
「魔物も魔族も、すべて滅ぼす。邪魔だ!」
「ぎにゃああっ!」
「ティコ!」
なんと、ティコまでが一撃で倒されてしまった。
「ティコ、ティコっ!」
私は駆け寄ってティコにポーションを飲ませる。だけど、傷が深くてあまり効かなかった。
「まだ魔族がいたのか。しかも、回復持ちか……」
ゆらりと男が近寄ってくる。
その気配に気が付いた私は、青ざめた状態でくるりとと顔を向けた。
ところが、その瞬間、男の動きがピタリと止まる。
「なっ、まさか……。いや、そんなまさか……」
私を見てうろたえる男。
「えっ、この声、まさか……」
落ち着いて男の声に耳を傾けた私は、その声に驚かずにはいられなかった。
「この声、まさか……。アイザック、お兄ちゃん……?」
思わぬ懐かしい声に、私は驚かされたのだった。




