第55話 思いがけない再会
無事にティコのしっぽを偽装することに成功した私は、町にいつものようにポーションの納品に向かう。
少しお金が貯まってきたので、何か買っていこうかしらね。
「おっ、そいつはいつものやつか」
門番さんがティコを指差しながら、驚いたように言っている。
「そいつじゃありません、ティコです」
名前があるんだから、呼んでもらいたいわね。
私はぷっくりと頬を膨らませる。
「悪い。しっぽが普通の猫みたいになってたから、ついな……」
私が睨むように見ると、門番さんは怯んでいた。
ティコは言葉を理解したのか、羽をちらりと門番に見せつけている。それを見て、いつもの魔物なんだなと理解していた。
「分かった分かった。その姿なら魔物と分からないだろうが、あまり油断するんじゃないぞ」
「分かっていますってば」
門番さんとのやり取りを終えた私は、機嫌を直して町の中へと入っていった。
見に来るたびに町の様相は段々と賑やかに変わっていっている。ほぼでき上がっているんじゃないかしらね。
そんな中、ふと思わぬ人物を見かけた。
「あれ、ピゲストロさん?」
思わず声に出た私の声に、ピゲストロさんが振り返ってくる。
「おお、アイラ殿。元気そうでなによりですな」
私の姿を見て、ピゲストロさんは嬉しそうな顔をしていた。
すぐさま私にずんずんと足音を立てて近付いてくる。
「おや、それはマンティコアですかな」
私に近付くなり、ティコに視線を落としている。ティコはピゲストロさんを見て怯えているようだった。
あまりにも怯えているので、私はティコを抱え上げる。
「いやはや、マンティコアに怯えられるとは思いませんでしたな」
「ピゲストロさんは騎士ですから、おそらく本能で感じ取ったのでしょうね」
「なるほど」
納得してしまうピゲストロさんの姿に、私はちょっと首を捻ってしまった。
「それはそうと、ピゲストロさんはなぜこちらにいらしてられるんですか?」
気を取り直して、私は質問をぶつけてみる。
なぜそんなことを聞くかというと、ピゲストロさんは以前私が働いていた屋敷の新しい主になったからだ。まだまだ体制を整えている最中のはずなのに、どうしてここに来ているのだろうか。
「ああ、そのことか。いや、ちょっとですな……」
「うん?」
急に言いよどむものだから、私は不思議に思ってしまう。
「いや、我が少し留守にしている間に、メイドを一人屋敷から追い出してしまったらしくてですね。我はこの町に異動だと伝えたはずなんですが、クビとか通達して追い出したとか……」
「ああ、そうなんですか……」
思い当たりがありすぎて、思わずぎょっとしてしまう。
「ああ、彼女がどこにいるのかご存じなんですね」
「ええ。私がこの町に送り届けましたから。今ならマリエッタさんと一緒にいるはずです」
私が現状を伝えると、ピゲストロさんは安心したような表情を見せていた。
そんなわけで町長の屋敷に向かうところだった私は、ピゲストロさんを同行させることにしたのだった。
「失礼致します、男爵様」
私は丁寧に挨拶をしながら男爵様の部屋へとやって来た。
「どうしたのかね、今日は正面から入ってきたそうだが」
すでに私が正面玄関から入ってきたことが伝わっていた。玄関で待たされたのはそのせいなのね。
「町に来たところでピゲストロさんとお会いしまして、彼を連れて屋敷までやって来たためでございます。屋敷に入れませんので、外でお待ちして頂いておりますが」
「なるほどそういうことか。ならすぐに外に向かう」
私から話を聞いて、男爵様はすぐに外へと向かっていった。私もその後について行く。
外に出ると、待たされたピゲストロさんが座り込んでいた。私たちが出てきたことに気が付くと、ゆっくりと立ち上がる。
「おお、わざわざすみませんな。どうも我の体では人間たちとは大きさが違い過ぎましてな。今度は手紙を持たせた部下を向かわせることに致しましょう」
「いやいや、こちらこそ建設に際してピゲストロ殿のことを失念しており、大変申し訳ない。急いでそのための建物を建てましょう」
お互いに謝罪と提案を行う男爵様とピゲストロさん。さすが上に立つ人というのは懐の深さが違うわね。
その話をしながら、男爵様がちらりと私の方に視線を向けてくる。何を言いたいのかすぐに察したので、私はにこやかに笑顔を見せながら口を開く。
「私の用事ならあとでも構いませんので、お気になさらずに。ピゲストロさん、どうぞ」
「うむ、すまぬな」
私から順番を譲られて、申し訳なさそうな顔をしてくるピゲストロさん。やっぱり、傷を治してもらった恩がまだ引きずっているのかしらね。
いろいろと思うところはあるけれども、私の用事の優先順位は低い。ポーションも茶葉も収納魔法の中だから、周囲の環境の影響は受けないものね。
二人が話し合う様子をじっと見守っていると、急に声をかけられた。
「あら、アイラ。今日はもう来ていたのですね」
マリエッタさんだった。
となると、隣にはあの人物がいるはず。
「げっ……」
やっぱりいたプレアさんだわ。
いつもはいい気がしないけれど、今日のところは不思議と安心してしまう私なのであった。




