第51話 猫のいる生活
新しい町はずいぶんと建設が進んでいた。外周の防壁はまだまだ低いけれども街をしっかりと囲んでいた。
家の近くに町ができるとあってずいぶんと迷惑には思うけれど、新しいものができるというのは、どうしてこうもドキドキするのだろうか。私はなかなか不思議に思った。
ただ、町の中はティコには不評だったらしく、眉が寄って困ったような顔をしていた。
「ティコ。さすがにあなたを一人残してはいけないわ。町に行く時は必ず連れていくから、悪いけれど慣れてちょうだいね」
「みゃう……」
私が声をかけると、かなり不満そうに鳴いていた。
うーん、やっぱり魔物だからか人間は苦手のようだった。
「よしよし……」
不安がるティコの体を、私はなだめるように優しく撫でてあげる。
ティコは気持ちよさそうに目を細めていた。かなり気が紛れてきたのか、すやすやと眠ってしまったようだった。
「魔物って人間にも魔族にも脅威なところがあるからか、よく討たれているものね。この子も警戒心がかなり強いみたいね」
穏やかに眠るティコの姿を見ながら、私はいろいろと考えさせられた。
少なくともティコにはこれ以上の恐怖を与えないように、優しくしようと私は考えたのだった。
家に戻ってきた私は、まずはティコの寝床を真剣に考えた。
今は私のベッドに一緒に寝かせている状態だものね。ただ、一緒に寝かせているとこのサソリの尾が気になって仕方がない。
ティコは私に刺さらないように自分の体に包み込むようにしてくれているけれど、何かのはずみで刺されば非常に危険だわ。
心配そうな顔をする私の前で、ティコはすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
背中の羽は完全に背中の毛に埋もれている。しっぽも見えない状態なら見た目は完全に猫である。
ベッドの上に寝かせると、そのあごに触れる。ティコはやはり気持ちよさそうな顔をして眠り続けていた。
「錬金術でかごくらいは作れないかしらね。布は……またどうにかしましょう」
私が呟くと、待ってましたとばかりに魔導書が飛んでくる。こっちもこっちで可愛いわね。
飛んできた魔導書は、お決まりで私の目の前でぱらぱらとページをめくっていく。そして、目的のページを開くと見せつけるようにしてずいっと迫ってくる。うん、見えるから。近付かれると余計に見えなくなるからやめて。
近付きすぎるものだから、私は両手で魔導書を適切な距離まで離す。それ以上近付かれると見えなくなってしまうからね。
「ふむふむ、適量の植物のつるがあればかごは作れるのね。場所は分かるかしら」
私が尋ねれば、くるりと回って前に傾く。頷いているつもりなんだけど、わざわざ一回転するのはなぜなのかしらね。
気にはなるところだけど、それよりもティコの寝床ね。私の安全のためというのもあるから、さっさと集めてこなきゃ。もちろん、薬草と茶葉も集めるわよ。
私はティコをもう一度優しく撫でると、家から出かけていった。
薬草と茶葉用の葉っぱをいつものように収穫してから、私はかご用のつるを集めに入る。場所がかなり離れていたので、後回しにしたというわけだ。
とはいえども、あまり時間はかけていられない。ティコがいつ目を覚ますか分からないからね。
懐きたての頃って、なかなか離れようとしないもの。餌付けした後なかなか離れてくれなくて苦労した記憶があるわ。
ティコも同じだとすると、目を覚まして私がいないとなると探しに来るかもしれない。
そんなわけで、私はさっさとかごに必要な弦を集めて家に帰っていった。
「にゃうっ!」
家に帰ると、ティコが目を覚ましていたらしく、私に飛び掛かってきた。
「うふふ、ただいま、ティコ」
私はティコを受け止めて、頬をこすりつける。ティコも嬉しそうにしている。
これが本当にあの巨大で恐ろしい魔物マンティコアだとは思えなかった。
「さて、ご飯はちょっと待っててね。ポーションと茶葉を作らなきゃいけないから」
「みゃう」
頷いたティコは、どういうわけか私の頭の上に移動していた。うん、悪いんだけど重いの。とはいえ、両手を動かしまくる状況では、頭の上が一番安全かしらね。
仕方なく、頭の上にティコを乗せたまま、私はポーションと茶葉を作る作業に入る。
ティコは、私が行う錬金術をじっと見ていた。猫と違って魔物だからかな?
「さて、次はティコのためのかごを作るわね。私の隣で寝ていると、誤って潰しかねないから、専用の寝床を作ってあげるわね」
「みゃう」
拾ってきたつるを水魔法できれいにして、かごの形をイメージしながら魔力を流す。すると、目の前で魔力によってつるが勝手に編み上げられていく。ポーションの時といい、不思議な現象だった。
錬金術って、魔力と材料があればそれだけで十分なのね。
かごが無事にできたので、ひとまずは家の中で余っているシーツを詰め込んでみる。いずれはクッションを買って、それでも入れておこうかしらね。
「さあ、ティコ。どうかしらね」
でき上がった寝床を差し出す私だったけど、どうもティコはお気に召さなかったようである。
「あらら。さすがに無条件でってわけにはいかないか」
予想外の反応をされて、私はちょっとショックを受けたのだった。
でも、その夜は私のいうことを分かってくれたのか、どうにかこしらえた寝床で眠ってくれたのだった。ごめんね、ティコ。




