第47話 マンティコア
マンティコアもこの近くに生息している。
実は、私の生まれ故郷を襲った魔物の一種類だ。
野生のマンティコアは基本的に縄張りからは出てこないので、魔族に使役されていたのだと考えられる。
「いや、魔導書に挿絵があるとはね。見た時には驚いたわよ、ものすごく覚えがある魔物だったから」
私と話をしながら、魔導書は背表紙側にゆっくりと傾く。私たちが疑問を感じた時に行う動作っぽい動きだった。
除病ポーションの薬草の群生地からさらに奥地に入ること半日くらい、山の中腹掛かるくらいにマンティコアは生息している。
今回の目的はマンティコアの血なので、倒す必要まではない。
「あれがマンティコアかぁ。せめて一体だけにならないかしらね」
強力な毒を持つマンティコアが、何体もうろついている。さすがに戦闘を専門としない私には、この状況は無理というもの。さて、どうしたものだろうか。
私が悩んでいると、魔導書がまた勝手にめくれていく。
「うん? この魔法を使えって?」
私が確認すると、また表紙を向けたまま前に倒れる。
よく分からないけれど、魔導書が示してくれた情報を信じて、私は魔法を使うために右手を前に突き出す。
「影よ!」
私が魔法を発動すると、一体のマンティコアの影が青く光る。
するとどうしたことだろうか。マンティコアが動きをピタリと止めてしまう。
私が発動させた魔法は、影を縛り付けて対象の動きを止める魔法のようだった。これなら攻撃の危険性を回避しながら血を採取できそうだった。
他のマンティコアの動きに注意しながら、私は影を縛り付けたマンティコアへと近付いていく。
「あなたが町を襲った個体ではないのは間違いないと思うけど、マンティコアは私の敵なの。とりあえずごめんね」
私は血を採るためにざっくりとマンティコアを傷つける。
影縛りの影響なのか、マンティコアは声すら上げられない。可哀想だけれども仕方ない。
目だけは動かせるようなのか、私をギロリと睨んでいる視線を感じる。怖いけれども動けないのなら大丈夫。
ひとまず薬瓶一本分の血が確保できたので、下級ポーションを取り出してマンティコアの傷を治す。さすがにこれだけ盛大に血を流させておいて放置はできないもの。
傷を治してあげると、私に向けられた視線の感じが一気に変わる。
その変化に気が付いて、私がマンティコアを見る。
(え、なんで……?)
うるうるとした瞳を向けてくるマンティコアに、思わずびっくりしてしまう。まさか、これは懐かれた?
自分を傷つけた相手だというのに、何だろうかこの状態。思わず首を捻ってしまう。
しばらく唸っていると、ずんっ、ずんっという重たい足音が聞こえてくる。くるりと振り返ると、他のマンティコアが近付いてきていた。どうやら気付かれたらしい。
私が困った表情をしていると、目だけ動かせるマンティコアがじっと私を見てくる。
その目を信じて、私はかけた魔法を解除する。
影縛りの解けたマンティコアは、私の体を隠すようにその場に座り込む。その行動に思わず驚いてしまった。
何か見たかというような顔をしているマンティコアに対し、私をかくまうマンティコアは首を横に振っていた。一体どういうことなのか理解が追いつかない。
私が目を白黒とさせていると、他のマンティコアたちが去っていく。
その姿を確認したマンティコアが、私から一度離れてじっと私を見つめてくる。
すっと顔を近付けてきたかと思うと、すりすりと頭をこすりつけてくる。これは懐かれたとみていいのだろうか……。
あれだけ派手に傷をつけて睨まれたというのに、そのケガを治したら懐かれるって……。魔物ってよく分からない。
私の一度目の死に関わっている魔物だけに、私だって最初は怖かった。それだというのに、こんな姿を見せられると可愛く思えてくるから不思議だった。
そっと顔を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を閉じる。
ズッキューン!
ああ、ダメだ。この子に愛着がわいてきちゃった気がする。
「私と一緒に来てくれるっていうの? でも、あなたは大きな魔物だし、そのままだと目立っちゃうじゃないのよ」
私が困っていると、魔導書が出番だなと言わんばかりにまたページがめくれていく。
そして、目的のページを開くと、また私にずいっと迫ってくる。近い、近いからっ!
「えっと、なになに……?」
魔導書が見せてくれたのは小型化の魔法だった。
なんということなのか。そんなに都合のいい話があっていいというのだろうか。魔法ってなんでもありなのね。
私が考え込んでいると、マンティコアがしゃがみ込む。
「え、乗れってこと?」
私がびっくりしていると、マンティコアがこくりと頷いている。これには私は困惑せざるを得なかった。
こんな大きな魔物と行動となれば目立ってしまう。いくら小さくできるといっても、どこで降りればいいのやら。
ところが、悩む私の背中に魔導書が体当たりを仕掛けてくる。角は痛い、角は痛いってば!
魔導書にせっつかれて、私は仕方なくマンティコアの背中に乗り込む。
すると、背中に大きくて立派な翼が現れる。急に現れてびっくりだ。
私が驚いている間に、マンティコアは羽ばたいて空へと浮かび上がったのだった。
 




