第44話 意外な情報
嵐が去れば本当に平和というもの。
今の私にとってあの魔族のメイドなんて大して気にならない相手なんだから。
あ、結局あの子の名前は分からなかったな。向こうは私の名前を知ったのに、これでは不公平というものだ。
ひとまず、クルスさんに言われた通り、今回は少し納品の日にちを空ける。下手に行ってあのメイドに絡まれては面倒だと、配慮してくれたというわけ。こういう気遣いは本当にありがたい。
おかげで、今日も悠々自適に暮らせているというものだわ。
朝は起きてから近くを散歩がてら薬草や茶葉の元になる草を摘み、魔物を狩って数日分の食事を得る。
昼からはポーションを作ったり茶葉を作ったりと錬金術で忙しくしている。
それが終われば、書庫に入って本を読む。
ああ、なんて幸せな生活なのかしらね。やりたいことだけをやって過ごせるのはいいことだ。
それにしても、書庫にある本を見ていてその知識の多さには驚かされる。
この家の前の主がどんな人物だったかは想像でしかないけれど、本の数々を見る限りは、かなり研究熱心というか情報の収集家といった感じの印象を受ける。
そのおかげで、私もだいぶ言葉を覚えてきた。
もし、前の主が人間だったとしたら、一体どのくらい頑張ったのだろうか。想像するのも難しいというもの。
(うーん、ただのポーションも作るのに飽きてきたかな。もうただの作業になり始めてきたし、変わったものはないかな)
私はついつい変なことを考えてしまう。
次の瞬間、私の思考を読んだだろう魔導書が角で肩を叩いてくる。
「うん?」
一回無視しかけると、さらに強く叩いてくる。なので、私は仕方なく反応する。
目の前にはページを開いた状態の魔導書が浮かんでいて、私の顔が向くや否やずずいっと近付いてきた。
「近い近い近い! 近いってば!」
私は大慌てで手で魔導書を突き離そうとする。しかし、空中に浮かんでいる本相手なのに、力を込めて押してもびくともしなかった。
「見えないから離れて!」
力いっぱい押して、ようやく魔導書は私の顔から離れてくれた。
「はあ、息も詰まるかと思ったわよぉ……」
気持ちを落ち着けようとして、大きく呼吸を整える。
「えっと、新しいポーションかしらね、これって」
落ち着いた私は、目の前のページをじっと見つめる。
「ふむふむ、解毒ポーション、除病ポーションっていうのね。除病って何よ」
よく分からない単語を見たので、思わずつぶやいてしまう。すると、魔導書は再びぺらぺらとめくれていく。
「除病ポーションとは、病気を体から取り除くポーションである。風邪から不治の病と言われるものまで、程度によって対応可能である……。またとんでもないものを見た気がするわ」
ポーションに興味はあるものの、書いてある内容に思わず魔導書を閉じてしまう。
だって、不治の病をも治すって、噂に聞いたことがあるエリクサーじゃないんだから、作っちゃったらまったり生活なんてできやしなくなっちゃうもの。
でも、そんなとんでもポーションだったら、一度くらいは作ってみてもいいかなと興味を引かれてしまうのも事実だった。
最大の問題はその材料だった。
「ちょっと……。これってどこで手に入るのよ」
私が見た名前は薬草でも月光草でもなかった。見たことのない仰々しい名前の植物だった。場所もまったく知らない場所……というわけでもなかった。
「あら、これって私が人間だった頃に住んでいた町の名前だわ」
見たことのある名前に、つい懐かしくなってしまう。
そういえば、魔族として蘇生されたとはいえ、実際にはどのくらい経っているのかは分からなかった。だって、私の意識がある時期には空白の時間があるんだもの。
少し考え込んだものの、ちょうど今は暇をもらって時間が余っている。ポーションも茶葉も作るだけ作っておいて収納魔法に入れておけば劣化はしないもの。そんなわけで、懐かしの町に行ってみることにした。もちろん、メインの目的はその特殊な薬草だけどね。
そうと決まれば、私の行動は早かった。
魔導書には一冊ついて来てもらうことにして、まずは今の家からその街までの道のりを確認する。
「うっわぁ、ずいぶんと遠いわね。これは何日かかるのかしら……」
魔導書に見せてもらった道のりを見て、思わず声に出してしまう。
それでも、自分が生まれ育った町が今どうなっているのかという興味の方が買ってしまう。
「収納魔法を習得しておいてよかったわ。食事を事前に確保しておけば、面倒が減らせるもの。こういう時は錬金術様様ね」
謎の安心感を感じてしまう私だった。
ともかく、今回の目的地はかなり遠い。マシュローまで行った時とは比べ物にならないくらいだ。
当面は新しい町に出向けないことは確実なので、先んじてポーションと茶葉を納品しておこうと、思い立った私はがむしゃらに数を作っておくことにする。
結局三日間くらい作りに作って、町へとポーションを納品に向かう。その際に、当分の間来れないことも伝えておいた。
これで心置きなく遠出ができるというものだ。
「よし、いざ懐かしの町に向けて出発!」
家の戸締りをしっかりして、私は右手を大きく上げて気合いを入れる。
こうして、はるか遠くにある懐かしの故郷へ向けて、私は一歩を踏み出したのだった。




