第42話 雨上がりに町へ
結局、翌日も雨が降り続いていた。
雨足は少し弱くなったものの、これでは外に出るのは危険と判断した私は、森で倒れていた元同僚のメイドの介抱を続けることにした。
相変わらずメイドの態度は硬いまま。名前を聞いても名乗ってもくれないので、私も仕方なく名前は名乗っていない。明らかな敵意を向けられているからか、安易に名乗れないというわけなのよね。
それでも、ご飯を作ってあげれば素直に食べてはくれるので、根は悪い子ではなさそうだった。……ベッドからまったく動かないんだけどね。
おかげで私はやりたいことができたので、あまり気にかけないでおいた。
さらに翌日、ようやく雨が上がる。
予定より一日遅れてはしまったけれど、メイドの子を町まで送っていかなきゃいけないので、私は納品に出向くことにした。
「今日は町に行こうと思うので、あなたも行くこととしましょう」
話し掛けても、不機嫌そうにぷいっと顔を背けるばかりだった。まったく、どうしたらいいのやら。
しかし、この家にいつまでも仲の悪い子を置いておくほど私もお人好しじゃない。ベッドから無理やり引っ張り出して、家から連れ出すことにしたのだった。
留守の間はいつものように魔導書にお留守番を頼んでおく。魔導書たちは任せろと言わんばかりに、輪になって回っていた。
私はメイドの手をがっちりつかんで、町へ向かって歩いていく。メイドは私の手を振りほどこうとしているが、私が全力でそれを阻止する。いくら魔族とはいえ、迷子になってしまえば生き延びるのは難しいもの。私が生き残れたのは本当に運がよかったとしか思えない。
それにしても、彼女はどうしてクビになったことを、私のせいだと思い込んでいるのだろうか。
そもそも私がクビになったのは彼女のせいなんだけど。一つも仕事してくれなくて、全部私がやってたんだけどな。う~ん、よく分からない。
よく事情は分からないけれども、私はメイドを連れて町へと無事にたどり着いた。
町に着くと、町長の屋敷の裏手から入っていく。
一応、私の情報は隠されているそうなので、目立つわけにはいかないものね。
ただ、今回は連れてきたメイドがうるさくて、裏口に回るのがすごく大変だったわ。騒ぎを聞きつけたクルスさんに押し付けたら、途端に静かになっていたけど。……いや、まさかねぇ。
なにかと嫌な予感はしたけれど、とりあえず私は裏口から入ってランスター男爵様と面会する。
「おお、よく来てくれたな。昨日とおとといと雨だったから、心配したよ」
「ご心配、実にありがとうございます。見ての通りピンピンとしておりますので、ご安心下さい」
私はぺこりと頭を下げる。今日はメイド服なので、メイドらしく振る舞っている。まあ、一緒に連れてきたあの子のせいなんだけど。
「それよりも、ずいぶんと屋敷の中が騒がしいね」
「はぁ……、実は雨の中メイドを保護いたしまして、その子をお連れしたんです。こちらに向かう途中だったそうでしてね」
「なるほどな……」
私の表情を見て、男爵様は何かを悟ったようだ。
「それはそれとして、納品でございますね。昨日来れなかった分、その分を考慮して持って参りました」
「うむ、ご苦労」
私を労いながらも、男爵様は私を見てくる。
「なにか?」
「いや、言葉遣いにちょっと不自然なところを感じてね。もしや、慣れていないのでは?」
「う……」
私は指摘されて目を泳がせている。
普通に使っているつもりだったのだけど、分かる人には分かってしまうようだった。
「ええ、まあ。魔族のメイド時代は丁寧語を使っていたのですけれど……。やっぱりちょっとおかしいです、よね?」
はにかみながら男爵様に質問をする私である。
目の前の男爵様は、ほぼすぐにこくりと頷いていた。遠慮がない。
ひとまず、下級ポーション三十本と茶葉を二袋分を納品する。二日間の雨のせいで少し湿気ていたものの、魔法を使って器用に乾かしておいたので問題ないはず。
「あれ、そういえば今日はマリエッタさんはいないのでしょうか」
「マリエッタなら私たちが来たということで、自警団の仕事をしてもらっているよ。マシュローの町でも大活躍だったからマシュローとしては損失だろうが、こっちの方が魔族の住む地域に近いから仕方のないことだろう。それに、両親である私たちもいるしね」
「それは確かにそうですね」
男爵様の話に納得がいく。
魔族がいる場所には、つられるようにして魔物も集まってくる。つまり、魔族の生息域に近いこの町は魔物との戦いの最前線でもあるというわけなのだ。
そうなれば、戦力を集中させる必要が出てくる。マリエッタさんもクルスさんも剣の腕が立つので、新しい町に派遣されるのは当然の流れというわけだった。
私と男爵様が話をしていると、ますます外が騒がしくなってくる。本当にうるさい。誰が騒いでいるんだろうか。
私がイライラとしていると、ノックもなしに扉がバーンと大きな音を立てて開く。
「ここにいましたのね。私をひどい目に遭わせておきながら、あなたはこんな素敵な殿方と会っていましたのね」
うん、何を言っているのか分からないな。
助けてあげたメイドが、部屋に怒鳴り込んできた。後ろには必死に止めようとするクルスさんの姿が見える。紳士だからか、止められなかったみたいだ。
あまりにも意味不明な状況に、私は頭を抱えてため息を吐く。
どうやったらこの子を止められるのよ……。




