第40話 病人は放っておけませんから
連れて帰ってきた女性は見覚えがあるけれど、ひとまずは体を乾かさないといけない。私は茶葉を乾燥させる時の要領で、火魔法と風魔法を使って自分たちの体を乾かす。
なんで自分もか。魔法を使ったとはいえ、濡れた女性を抱えて帰ってきた以上、自分も濡れてしまっているからよ。
全身を乾かすと、ようやくその女性が誰かはっきりと分かった。
「あー、お屋敷で働いていた、もう一人のハウスキーパーのメイドだわ」
見覚えのある赤色のウェーブした髪でようやく思い出した。
自分が屋敷を追い出される原因となったメイドではあるものの、今となっては私にはまったく恨む理由がなくなっていた。
なにせあの厳しい状況から抜け出せた上に、こうやって悠々自適な生活ができるようになったのだから。追い出された直後に会っていたら、多分相当強く恨んで攻撃的になっていただろう。
そういう意味では、今ここで再会したのはこのメイドも運がいいというものだと思う。
全身を乾かせば、ようやくベッドに移せるというもの。私は疲れた体に鞭打って、連れて帰ってきたメイドをベッドに寝かせたのだった。
すっと目を開ける。
どうやら私は眠ってしまっていたようだ。
顔を上げて目の前を見る。連れて帰ってきたメイドは、まだ眠っているようだった。
私は体をひと伸びさせると、改めてメイドの顔を見る。
そこではっと気が付く。
(顔が赤いし、呼吸が荒い。これは、風邪を引いてしまっているわ)
うっかりしていた。
あれだけびしょ濡れになっていたのだ。その可能性は十分にあった。だというのに、なに私は眠ってしまっていたのか。
両頬を強く叩くと、私は部屋からポーションを持ってくる。
戻ってきたところで改めて状態を見てみると、思わずぎょっとしてしまう。
持ってきた下級ポーションでは回復できなかった。思ったよりも症状が進行しており、最低でも中級ポーションが必要だったのだ。
「これはすぐに作るしかないわね」
目の前にいるのは、私が屋敷を追い出される原因となったメイドではあるものの、だからといって苦しんでいる人を放っておくことはできない。元人間の悪いところかしらね。
すぐさま薬瓶に薬草と水魔法で出した水を放り込む。魔力を加えていくと、少し淡く光る緑色の液体ができ上がった。
……中級ポーションだった。
下級と上級は作ったことがあるけれど、薄めずに中級を作ったのはこれが実は初めてだった。
でき上がってほっとしたのはいいものの、目の前のメイドは予断を許せる状況とは思えなかった。
顔を上に向けて、できたばかりの中級ポーションを口の中に流し込む。
効いてくれればいいのだけれど……。
思わず私は祈ってしまった。
ぐう~~……。
次の瞬間、部屋の中に大きな音が響き渡る。
私は思わず真っ赤になりながら自分のお腹を擦る。
そう、私のお腹が鳴ったのだった。よく思えば朝に食べてから食事をしていなかった。雨のせいでどのくらいの時間か分からないけれど、多分間違いなくもうそろそろ日暮れだろう。
昼食を食べ損ねているので、お腹が鳴るのも当然なのかもしれない。
「もうちょっと看病をしていたかったですけれど、私が倒れては意味がありませんものね。なにか食べるとしましょう」
なぜかつい声に出してしまった私だけれど、気にせずにそのまま台所へと向かっていった。
ご飯を食べて様子を見に戻ってくると、すっかり状態が安定したのか静かな寝息を立てていた。
どうして彼女があんな場所で倒れていたのかは気になるけれど、今無理やり起こすのもいけないかな。
目を覚ますまでそっとしておくことにした私は、いつもの日課であるポーション作りへと向かう。予定通りなら、明日はまた町に行ってポーションを納品してこなければならないもの。
だけど、病人が眠っているこの状況で、一人残していけるかといったら、私には到底無理だった。
天気次第でもあるけれど、明日の納品はやめさせてもらおうかなと考えた。余るくらいには納品してあるし、一日飛ばしてもきっと大丈夫でしょう。
宿屋の手伝いをしていた頃からの世話焼きの癖が、ここでもその力を発揮する。
必要最低限のポーションと茶葉を作り終えた私は、再びメイドの様子を見に部屋を訪れる。
状態はすっかり落ち着いたようで、穏やかな寝息を立てながら静かに眠っているようだった。この様子なら、明日には目を覚ましそうだ。
「ここまでくれば安心だろうけど、目を覚ますまでは付き添ってあげましょうかね」
私はメイドの頭をそっと撫でていた。
額に乗せている濡れ布巾を取り換えると、私はそのまましばらくメイドの様子をじっと見つめていた。
正直なところ、私がなんとも思っていなくても、向こうは気まずいだろう。起きた時にどういった反応を見せるのか、どういう話をするのか。私はどうもお人よしらしく、ついいろいろと考え込んでしまった。
しかし、結局意識を取り戻すまで待ちきれず、椅子に座ったまま、私はもう一度眠ってしまったようだった。
家の外の大雨は、未だに強く降り続いている。まるでその後どうなるかを暗示しているかのように。




