第39話 もう一人のメイド
あれは少し前のことだった。
「なんですって! この私がクビですか!」
私は働いていた場所をお払い箱になってしまった。
「うむ。他の使用人たちからの証言でな、お前は働いていないということが分かったのだ。割り当てられた仕事をできないのではなくてしないのは、他の使用人たちに示しがつかないのだ」
「う、ぐぅ……」
雇い主であるオークから言われて、私は言い返せなかった。
私以外からの情報が集まっているのなら、言い訳しても無駄でしかないからだ。
「相当サボっていたようだからな。これなら、私たちが治めるようになる前からと考えられるので、常習性から見て即刻クビという結論に至った。すぐに出て行くのだな」
私は逆らおうとするものの、目の前のオークにはまったく歯が立たず、襟首から持ち上げられて屋敷の外へと放り出されてしまった。
「そうだ。さすがに何もなしに放り出すのは可哀想だからな、ちょっと待っている。門番、押さえておけ」
「はっ!」
さっさと立ち去ろうとする私だったのもの、しっかりと腕をつかまれてしまい、逃げるに逃げられなかった。
しばらくすると、さっきのオークが戻ってくる。ポンと私の前に何かが放り出される。
「お前の私物と、近くにできる街への地図だ。お前も魔族の端くれなら、四日間一人でも大丈夫だろう。餞別としては少ないが、ちょっとしたお金と食料もその私物の鞄に入れてある。まあ、頑張るだな」
言いたいことだけ言うと、オークはそのまま屋敷の中へと戻っていく。
門番のオークに荷物を持たされると、私は突き飛ばされるように屋敷から追い出されてしまった。
一体どうしてこうなってしまったのか。
確かに仕事はしてなかったのは事実だけど、一人で任されていた間はちゃんとしてたわよ。
というか、あの広さを一人で面倒見るとか無理に決まってるでしょうに。
私は屋敷から追い出された時のはずみでこけてしまったので、立ち上がってメイド服の埃を叩いて屋敷へと顔を向ける。
右目の下まぶたを指で下に引き、思い切り舌を出す。精一杯にオークたちをバカにした私は、渡された地図を持ってその街へと向かうことにしたのだった。
そういえば申し遅れました。
私はオークの屋敷でメイドをしてい……ましたプレアと申します。
ええ、自己紹介ですから、言葉遣いがここだけ違うのは当然ですね。
先日、ついに働いていたオークの屋敷を追い出されてしまいました。なんですか、ちょっと楽をしていただけなのに。
まったく、失礼な人たちですね。これだから豚は困るのです。
ふわふわとした緩いウェーブの髪を縛り、ゆらゆらと揺らしながら私は地図に描かれた町へと向かっている。
かすかに切り開かれた道があるので、そこに沿って進んでいけば着けるみたいだった。
正直、まだまだでこぼことした道を歩いていくのはだるい。これならまだ、屋敷の中で動いている方がまだマシだわ。
自業自得とか言われそうだけれど、私は楽ができるなら楽したいのよ。
はあ、もう一人のメイドがいた頃は本当に楽だったわね。彼女にほぼすべての仕事を押し付けて、私は優雅に過ごさせてもらっていたわ。あの時は主であるオークも頭が悪かったし、本当に楽できて楽しかったわ。
まったく、そのもう一人のメイドが追い出されてからというものよ。私の状況が狂い始めたのは。
そのメイドがやっていたことを私一人にやれだ?
はっ、さすがに頭悪すぎるんじゃないかしら。あの屋敷、どれだけの広さがあると思っているのよ。
私の魔法はそれなりに使えるものではあるけれど、あの広さの前には無力に等しかったわ。結局一日あたり全体の4分の1くらいが精一杯だったわね。
あのメイド、それを一日で片付けてたっていうんだから。なにやっちゃってくれてんのよ。
結局、それが原因で私もこうやって追い出されたんだからね。あったらとっちめてやりたいわ。
いろいろとむかむかとした気持ちを抱きながらも、私は仕方なく町へと向かって歩を進めていく。
もう一日歩けば町に着けるはずだった。
ところが、そのタイミングになって急に雨が降り始めてしまった。
「ひゃ、ちべたい! な、なによ、急に降りだしてきて!」
急に降り出した雨は勢いが強く、あっという間に私から視界を奪い去ってしまった。
雨から逃れるために、私は走り出した。しかし、こうも視界が悪ければ、正しい方向に走っているのかも分からない。
荷物の入ったカバンだけでも渡されていたのは、正直言うと助かった気がするわ。おかげで多少なりと雨を避けれらるんですからね。
しかし、雨足は段々と強くなっていき、結局そんなものすら無駄になってしまうくらいだった。
全身があっという間にびしょ濡れになってしまい、走り疲れた私はいよいよ限界を迎えてしまう。
「はあはあ……。もう、だ、め……」
視界がぼやけて、なんとなくふわっとした感覚に襲われる。
私はそのまま、地面へと倒れ込んでしまった。
このまま、私は死んでしまうんだ。そう思えるくらいに……。
意識がもう消えようとするその時、目の前に誰かが来たような気がした。しかし、その姿を私は確認できずに目を閉じてしまったのだった。
ああ、あなたは一体誰なの……。




