第38話 捨てがたいもの
私はそれからも何度となく街へと出向いて、ポーションや茶葉を納品する。
その度に町の建設は徐々に進んでいっていて、記憶にある町の景色らしくなっていっていた。
宿屋や食堂などの重要な設備はできていたのだけれど、それ以外にようやく着手したという感じのようだった。
こうなってくると、次は町の住民たちの募集ということになる。その点に関しては、近いうちにオークたちと話し合いを持つことになるらしい。
気ままに暮らしたい私は、町の話への関心が思ったほどになかった。
クルスさんやマリエッタさんには協力はしたいけれど、魔族に殺された上に、追放まで経験しているとそこまで積極的にかかわりあいたいとまでは思えなくなっていた。
この日もさっさと納品を済ませると、話半分で私は家に戻ってくる。
ちなみにだけど、月光草を使った薬はまだ収納魔法の中に放り込まれたままだった。話そうとしつつも納品の最中はすっかり忘れてしまい、家に戻ってから思い出すを繰り返したためだった。
「はあ、いつになったらこれの話を切り出せるんだろう……」
収納魔法から取り出してじっと月光草で作った薬を見つめる私である。
せっかく作ったのに、誰にも教えなければ使い道すら見つからない。まったくどうしたものだろうか。
「ああ、そっか。家を出る時に鞄に移しておけばいいんだわ」
うっかりだった。
これまでは、町に着いてから取り出そうとしていつも忘れていた。なので、家を出る時点でポーションなどと一緒に鞄に入れておけば忘れないというわけなのだ。
鞄の中をあまりごちゃごちゃさせたくなくて、直前で取り出そうとしていたのがあだとなっていたのだ。
反省はしつつも、ひとまず食事を済ませる。
それが終われば、今日の分のポーションを作って、余った時間は書庫に入り浸る。
書庫の中の本はだいぶ読んだと思うのだけど、書庫の中は天井近くまで本が並べられているために、まだ半分どころかそのさらに半分も読めていない状態だった。
書庫の中に置かれた椅子に座って、私は今日も本を読む。
知らないことがたくさん書かれていて、ものすごく興味がそそられる。
ただ、同時に怖くなってもくるというもの。これだけの知識を、私一人だけで独占してもいいのかと。
私の近くに浮かぶ魔導書をちらりと見ると、くるりと一回転して前に傾く。どうも思っていたことが伝わってしまっているのか、それでいいと言っているように思えた。
確かにそうだったっけかな。
この家のものは私が自由に使ってはいいとは言われた。正しく使ってくれると思うとも言われているので、他人に教えるのはおそらくダメだと思われる。
だって、私の手から離れるということになるし、だとしたら正しく使われるとは限らなくなっちゃうものね。
もしこの家を追い出されることになっても、今なら私の住む場所はあるだろう。でも、そこで静かに暮らせるかとなると、そうはいかないと思う。
一つは私が魔族ということ。共存しているならまだしも、人間の中には魔族を嫌っている人はいるだろうからね。
もう一つは、私がとにかく静かに暮らしたいということ。町の中で住むようになったら、絶対に誰これ構わず押しかけてくるでしょうからね。それは絶対嫌だわ。
いろいろと考えてみた結果、絶対にこの家で得た知識は外に漏らさないことを心に誓った。
「あ、また真っ暗になっちゃってる」
ふと顔を上げると、月明かりが窓から差し込んでいた。
読書に集中していると、暗くなっても意外と気が付かないようだった。
ふうっとひと息つくと、私は読書の手を止めて一日を終えた。
翌日、珍しく雨が降る。
せっかく日課である薬草や葉っぱを摘む作業も、こう雨が降られてしまってはお休みせざるを得なかった。
雨というのは、私にとってはあまりいい思い出はなかったな。
いや、魔族に殺された日はいい天気だったから、別にそのせいじゃないからね?
食事を終えて、そのまま食堂のテーブルから窓の外を見ている。
珍しく雨が降っているのはいいんだけど、思った以上に強く降っているので憂鬱になってくるというものだ。
テーブルに肘をついて、目を半目にしながらため息をついて外を見ているものの、退屈すぎてつらかった。
仕方ないのでいつものようにポーションと茶葉を作って書庫に入り浸ろうかと思った時だった。
「はっ!」
なにかを窓の外に感じて、私は勢いよく窓の外を確認する。
しかし、雨が強く降りすぎてて何も見えない。
それでも、外から何かを感じるので、気になって外へ行きたくてたまらない。
空気を呼んだ魔導書がやって来て、必要な魔法を書いたページを見せてくれる。
「ありがとう、傘よ」
玄関を出たところで魔法を使うと、頭上にすっぽりと不思議な形の天井が現れる。
バシャバシャと水音を立てながら、私は気になった場所へと向かって走っていく。なんとなく胸騒ぎのようなものがする。
「こ、これは……!」
しばらく走っていくと、そこには一人の女性が倒れていた。
声を掛けたり、頬を叩いたりしたものの、どうも反応がない。呼吸はあるようだけれども、このまま放ってはおけなかった。
なんとなく見たことがあるような顔ではあったものの、私は倒れていた女性を抱え上げて家まで引きずって帰ったのだった。




