第35話 魔導書の魔法はおかしかった
家に戻った私は、玄関で座り込んでしまう。
なんだか私を無視したかのような状態で進んでいく話に怖くなってしまったからだ。
新しい町ができれば、何かしら目玉となるものが欲しいのはなんとなく分かる。私が人間時代に働いていた宿屋だって、目新しいものを取り入れてお客を呼び込もうと頑張っていたもの。
多少なりと無茶な仕事を割り振られはしたものの、それでも楽しかったからまだよかったな。
ただ、今回は私は話の輪に入れなかった。なんというか、クルスさんやマリエッタさんの盛り上がりについていけなかったというのが正解なのだろうかな。
確かに、新しい町の近くに住んでいる私が作る高品質のポーションや茶葉は目玉としてはいいだろうとは思う。だけど、私としては義務的な気持ちしかなくて、乗り気だとはとてもじゃないけど言えない。
人間時代の私なら多分大喜びしたのだろうけれど、なんだろう、今はとてもそんな気持ちにはなれなかった。
(私、変わっちゃったかなぁ……)
部屋のベッドの上で無造作に寝転がる私。
ふと窓の外に目を遣ると、まだまだ日中のようでなんともまぶしい光が差し込んでくる。
だというのに、不思議と今の私にはやる気が湧いてこなかった。
「うん、疲れちゃった。今日は寝ちゃいましょう」
服がしわになるといけないので、一応寝間着に着替えておく。改めて、私はベッドに入って眠りに就いてしまった。
どのくらい眠っただろうか。
「う……ん、今っていつだろう」
体を起こして目をこすって辺りを見る。部屋の中は真っ暗である。
空気は思ったよりも冷たくて体が震えるので、よそ行き用のメイド服ではなくて、マシュローで買った服を着てみる。
魔族になってからは最近になるまで着たことがない服装だけど、人間時代には慣れ親しんだデザインなのでなんとなく落ち着く。
「灯よ」
私の傍らで明るい灯がともる。おかげで部屋の中がよく見える。
一歩踏み出そうとした瞬間に、お腹が思いきりなってしまう。誰もいない家の中なのに、つい恥ずかしくなってしまう。
「ひとまず何か食べましょうかね」
私は台所へと移動していった。
残っていた肉を適当に調理して食べた私は、こんな時間ながらにふと外に出かけたくなった。
ゆっくりと落ち着いた状況で夜の森に出るのは、よく思えば初めてかもしれない。
外に出てしばらく歩いていると、思いもしなかった景色がそこには広がっていた。
「うわぁ、きれい~」
夜の光に照らされて輝く草がそこには生い茂っていた。
光っているものが何かよく分からないので、私は魔導書を呼び寄せる。少し家から離れてしまったので、やって来るまでずいぶんと時間がかかっていた。
飛んできた魔導書は、私が何も言っていないのにパラパラと勝手にページがめくれていく。
ぴたっと止まったページを見てみると、夜光草と書かれていた。どうやら、夜の間に特定の条件下で光る植物らしい。
「ふむふむ、目の治療のほか、整腸作用などもあるっと。整腸作用って何だろう」
聞いたことがない単語に、思わず首を傾げてしまう。
そしたら、さらにぺらぺらとページがめくれていく。そこには整腸作用の説明が書かれていた。つまりはお通じというわけらしい。
なかなか面白い効果だなと思ったので、私は夜光草を摘むことにする。最初は失敗もあるので少し多めに摘んでおく。今後も定期的に摘むかは、でき上がった薬の効力次第ってところかな。
摘み終えた私は、すぐに帰るのももったいないのでもうしばらく近くを歩いてみることにする。
夜の森は意外と神秘的だった。
魔物にさえ出会わなければ、こんなに心落ち着く場所というのもないのかもしれない。
ただ、そんなことを思わなかった方がよかった。
しばらく歩いていると、夜行性のウルフに囲まれていた。なんでこうなるのかしらね。
げんなりしていると、ウルフたちが襲い掛かってくる。私がオークの主から身を守った時の魔法を使うと、ウルフたちは防護魔法に弾かれていた。
「剣よ!」
反撃とばかりに私は魔法を使う。剣を発生させる攻撃魔法だ。
魔導書によれば発生する剣は一本らしいので、一匹でも倒れれば退いてくれるんじゃないかと考えた。
ところがどっこい、その私の目論見は大きく外れる。
ズドドドドッ!
「へ?」
現れた剣は全部で五本。すべてがウルフの胴体を間違いなく貫いていた。
さすがにこんな魔法を見せつけられては、ウルフは思った通り退いてくれた。予想外なできごとに、私はしばらく魔法を使った時のポーズで固まってしまっていた。
「ま、まあ、しばらくのご飯が確保できたので、いいとしましょうか。あはははは……」
私は予想以上に倒してしまったウルフをどうするか悩んだ。持って帰るにしては、解体してもそのままでも面倒なのだ。
私が悩んでいると、再び魔導書がめくれていく。ぴたりと止まったページには、思わぬ情報が書かれていた。
「えっ、これを私に教えていいのかな?」
魔導書は私の言葉にこくりと本を傾ける。魔導書の返事を受けて、私はその魔法を発動させる。
「袋よ!」
私が魔法を発動させると、目の前の空間がぐにゃりと歪む。
これが魔導書に書かれていた魔法、収納魔法である。
いろいろと考えたい事はあるものの、またいつ魔物に襲われるか分かったものじゃない。
私は倒したウルフを収納魔法に放り込んでとっとと家まで引き上げたのだった。




