第32話 男爵夫妻がやって来た
私の住む家の近くで町の建設が始まってからというもの、大体二日おきくらいに顔を出している。
町の建設となると重い物を扱ったり高所に上がったりするので、なにかとケガが耐えないからね。そのケガを治すためのポーションをちょくちょく納品しているといったところ。
ポーションと茶葉の納品を二回ほど繰り返したのだけれど、マリエッタさんのご両親であるランスター男爵夫妻はまだ現地に到着していないみたいだった。何かあったのかな。
マリエッタさんはご両親の代わりに町のあれこれを取り仕切っている。自警団としての仕事もあるのに、大変というものだ。
茶葉を持って行ってお茶を淹れた時は、それは幸せそうな顔をしながら味わっていたのが印象的だった。
私が作った茶葉で淹れたお茶は、確かにおいしかった。茶葉の材料となる葉っぱもだけど、魔法での作り方もよかったのだろうか。さすがは魔導書の知識だと思う。私が覚えたお茶の淹れ方との相性も良かったのだろうと思う。
オークたちとの戦いが終わった後の私は、実に気ままに暮らしていた。
四回目の納品の日を迎えて、いざ出かけようとして外に出た時、私は家の結界が途切れたところで人と出会った。
目の前にいたのはクルスさんと……少々お年を召した男女が立っていた。服装からすると貴族だと思われる。
なんで私の家の近くにいるのだろうか。ちょっと理解ができなくて、つい動きが止まってしまった。
「え、と……。クルスさんと、そちらの方々はどちら様でしょうか?」
思わず口に出てしまっていた。
「ああ、紹介させてもらおうか。こちらはアイラ、ポーションを作る錬金術師でございます」
クルスさんは私に言いながら、先に私の紹介を始めていた。
どうしてなのかと不思議に思ったけれど、次の紹介でその理由が分かった。
「こちらはマリエッタのご両親であるランスター男爵と夫人だ。この近くの町の町長となられる方だよ」
「こ、これは失礼致しました。ご紹介に預かりましたアイラでございます」
クルスさんの紹介を聞いて、私は慌てて両手を前に合わせて大きく頭を下げて挨拶をしていた。
「おお、君がアイラか。話は領主様たちから伺っているよ」
「娘たちを助けてくれたそうで、私たちからもお礼を申し上げます」
「い、いえ、そんな……。むしろ、私は足を引っ張りましたので、そんなお礼を言われるようなものじゃないですよ」
ランスター男爵夫妻の言葉に、私は心臓をバクバクさせながら答えている。そんな、私のおかげだなんて、本当に大それたことだと思う。
私がガチガチに固まっていると思ったのか、クルスさんが私に声を掛けて気を逸らしてくれる。
「アイラ、もしかして今から出かけるところだったのか?」
私が肩から鞄を提げているのを見て、クルスさんはそう感じたようだった。
「はい。今日はポーションを納品しに行くことにしてまして、これから新しい町に向かうところだったんです」
「まぁそうなのね」
「だったら一緒に行こうじゃないか。そこで話を聞かせておくれ」
「んんっ!」
助けられたように感じたの一瞬だった。
結局ランスター男爵夫妻からは逃げられなかった。むしろ、一緒にいる時間が増えてしまった。
私は心の中で大泣きしながら、町へ向かう間、クルスさんを間に挟んでランスター男爵夫妻と話をしていたのだった。
「そういえば、なぜ馬車ではなかったのでしょうか」
町に着いてから、ふと思ったことを質問としてぶつけてみる。
私の質問に、クルスさんたちはきょとんとした顔をしている。なにか変なことを言っただろうか。
「それは簡単だぞ、アイラ」
「どういうことですか」
「先に町まで馬車で来たんだ。君の家に向かうには馬車は不向きだから、降りて家まで歩いたというわけだよ」
「ああ、そうだったのですね。ご足労をお掛けしました」
男爵夫妻に深々と頭を下げる。その私に対して、男爵夫妻は気にしないでとばかりに柔らかく微笑みかけてくれた。
クルスさんを先頭にして、私たちは町長の屋敷に足を踏み入れる。
建物の中では、マリエッタさんが町で作業をする人たちとなにやら話し合っていた。しかし、私たちが入ってきたことに気が付くと、マリエッタさんは話を中断してこちらに向かってきた。
「お父様、お母様、やっと戻られましたのね。アイラと話はしたいんでしょうけれど、早速仕事を代わって頂けませんかしら」
父親である男爵様に、面と向かってきつい言葉をかけるマリエッタさん。剣幕がすごいので、男爵様が思わず引いているようだった。
「ああ、すまないな。いろいろと手続きに手間取ったせいでお前に苦労を掛けてしまったな」
「言い訳なら後で聞きますわ。とにかくそちらの方と話をして下さいませ」
謝罪する男爵様に、マリエッタさんは強気に出ている。
「おいおい、来たばかりの私で話になるのか? マリエッタからも詳しく聞かせておくれ」
「嫌ですわね。クルス、わたくしに代わってお父様の相手をお願いできないかしら」
「おいおい、なんで俺なんだ」
「わたくしはアイラとお話をしたいんですの。男同士でお願いするわ」
「こら、マリエッタ!」
男爵様をクルスさんに押し付けることとなり、私はマリエッタさんと男爵夫人と一緒にひとまず部屋を移動したのだった。




