第31話 マリエッタとの再会
適度にポーションと茶葉を作った私は、数日ぶりに町の建設現場を訪れる。先日に比べて、あちこちに立派な建物が建っていて、かなり速いペースで工事が行われているようだった。
「うわぁ、あれからあまり時間経っていないのに、ものすごく工事が進んでるわ」
建ち並ぶ建物に感動しながらも、私はいち早く完成していた町長の屋敷を訪れる。
町の統治者は最重要であるがために、その拠点となる建物が最初に建てられているというわけだった。
町長の屋敷に足を踏み入れた時、私は中にいた人物に驚いてしまった。
「マリエッタさん、いらしてたんですか」
「アイラ、お久しぶりですね」
私に近付いてきて、マリエッタさんが手を差し出してきた。どうやら握手を求めているようだ。
差し出された手を、私は握り返す。私の行動を見て、マリエッタさんはにっこりと微笑んでいた。
「驚きましたね。マリエッタさんがここにいらしているなんて」
「ええ、ここの町はわたくしのお父様が治めることになりましたの。それに伴って、わたくしがこの町の自警団を率いることになりましたのよ」
「わあ、それはおめでとうございます」
私を見てキリっとした笑顔を見せてくるマリエッタさん。その姿を見て、私は素直にお祝いの言葉をかけることしかできなかった。
「それで、マリエッタさんのご両親は今どちらに?」
落ち着いたところで、マリエッタさんのご両親に挨拶をと思ったのだけど、その姿はどこにも見当たらなかった。
「お父様もお母様も、今はこちらにいらっしゃいませんわ。今頃は、まずマシュローへと向かっているところだと思います」
「ああ、そうなんですね」
マリエッタさんの話では、ご両親は領主様の邸宅の近くに住んでいて、今現在はマシュローを経由してこちらに向かっている最中なのだという。
ということは、娘であるマリエッタさんは、マシュローの町で一人で暮らしているということになのだろうか。
私がじーっと見ていると、マリエッタさんは何かを感じ取ったように微笑んでいる。
「わたくしはさすがに自警団の詰所で暮らしてはおりませんでしたよ。殿方は信用できないとわたくしの両親が訴えましてね、宿の一室をお借りしておりましたわ」
「あっ、そうなんですね」
私が焦ったような反応をしていると、マリエッタさんはくすくすと笑っていた。
「それはさておきまして、アイラは今日はどのような用件でこちらへ?」
マリエッタさんが笑うのをやめて、質問をしてくる。
そうだった。今日はポーションと茶葉を卸しに来たんだった。
「ポーションと茶葉を作ったので、それを持ってきたんです。どうぞお納めください」
室内にぽつんと置かれたテーブルの上に、私はポーションの入った容器と茶葉の入った袋を置く。
「まあ、茶葉ですのね。途中の街でクルスに会いまして、彼から聞いていますわよ。とてもおいしいそうですわね」
なんと、マリエッタさんの耳にも茶葉の話は伝わっていた。
「助かりますわ。わたくし、おいしいものには目がございませんの。なにせ自警団にいますと、おしゃれも甘いものも制限されてしまいますからね。わたくしのような令嬢には厳しい環境ですわ」
いつになくべらべらと喋るマリエッタさんだ。相当に我慢を重ねてきたのだろう。ここにきて欲望がだだ漏れになっていた。
「っと、わたくしってば喋りすぎてしまいましたわね。それで報酬はいかが致しましょう」
マリエッタさんの言葉に、私はふと思った。
よく思えば、あの家で一人暮らしをしていると、特に困るものはなかった。つまり、お金があっても使い道がないのだ。
唯一困ることはポーションの容器ではあるものの、それも魔法を使えばどうにでもできるわけで……。うん、報酬は要らない感じだった。
「いけませんわね。労働には対価がちゃんと支払われるべきですわ。アイラのポーションは本当に素晴らしいですし……」
マリエッタさんは腕を組んで悩み始めていた。私のことなのにどうしてここまで考えてくれるのだろうか。
不思議そうな顔で眺めていると、マリエッタさんが突然手を叩いた。何かを思いついたようだ。
「そうですわ。この町で貯金と致しましょう。必要となれば、その貯金から代金が支払われるようにすればいいのですわ」
「えっと、それはどういう……?」
言っている内容がちょっと理解しがたかったので、私はマリエッタさんに説明を求める。
それによればこうだ。
私がポーションや茶葉を売って得たお金は、一部は容器代に支払うものの、過剰になった分は町長の方で預かることにする。
それで、私が町で買い物をするようなことがあれば、町長に預けられたお金から支払われるようにするということらしい。
つまり、私は一切のお金を持ち歩かずに済むという話のようだった。
「分かりました。それでお願いします」
「承知致しましたわ。でしたら、早速アイラ用の部屋を作りませんとね。魔族とはいえ、マシュローを救った英雄ですもの。わたくしに任せて頂ければ、それ立派な部屋をご用意させて頂きますわ」
「は、はあ、そこは地味で構いませんので」
やる気十分なマリエッタさんに、私は表情を引きつらせながら反応している。
ノリノリなマリエッタさん相手に、ひとまずポーションと茶葉を納品すると、私はそそくさと自分の家へと帰っていったのだった。




