第29話 動き出す事態
魔族と人間が和解という画期的なことが起きてから、大体二十日が経ったかな。
私は相変わらず家の近くで魔物を狩ったり、草を摘んで過ごしている。卸すと約束してしまった以上、ポーションも茶葉も作らなくちゃいけないもの。
予想外なのは、ポーションよりも茶葉の方が面倒で手間だということ。
なんといっても、ポーションを作るのは薬瓶に水と薬草を淹れて魔力を注ぐだけなんだもの。時間にしてわずかで、下級ポーションなら本当に一瞬。
それに対して茶葉は、まずは水魔法できれいに洗って、火魔法と風魔法でうまく乾燥させていかなきゃいけない。水魔法でやりすぎると茶葉は腐るし、火魔法の加減を間違えると灰になったり乾きすぎてぼろぼろになったりと大変。火魔法の加減を間違えるとそのまま風魔法で部屋に散らかってしまう。
何度か失敗したおかげで、ちょうどいい加減は見極めたからもう大丈夫。……だと思いたい。
それでも毎日楽しく過ごせているからいいかなと、私は前向きに考えている。
さらに数日が経った日のこと、私はいつものように茶葉やポーションの材料となる草を摘みに出かけていた。
森の中を散策していると、なにやら賑やかな音が聞こえてくる。
音に誘われるように歩いていくと、そこではなにやら作業が行われていた。
「ああ、これがクルスさんが言っていた町の建設かしらね」
森の一部を切り倒して、建物を建て始めていた。
街ってこんな風に造るのかと私がしばらく眺めていると、監督している人物の一人がこっちに近付いてきた。どうやら気付かれてしまったらしい。
「おい、そこで何をしている」
私が誰なのか確認できていないのか、怪しい人物を見るような目を向けてくる。
そこで、私はかぶっていたフードを取る。そしたら、近寄ってきた人物が私のことを分かったようで、驚いた顔をしていた。
「これはこれはアイラ殿。顔が分からなくて怒鳴ってしまって申し訳ない」
さっきとまるで態度が違う。
それにしても、私は魔族だし元町娘だし、そこまで仰々しい態度を取られる覚えはない。まったく、不思議な気分というものだった。
「顔を上げて下さい。私ってばただの魔族ですから、そんな風に頭を下げられても困ります」
男性に頭を上げてもらおうと、必死に言い聞かせようとする。ところが、男性はまったく頭を上げる気配がなかった。
「いや、アイラ殿がいなければ、おそらくマシュローはオークどもの餌食となっていたでしょう。アイラ殿はマシュローを救った英雄なのですぞ」
「ええぇ~……」
説得するはずが、さらに持ち上げられてしまっていた。
どうしてここまで持ち上げられるのか、私はオークたちとの戦いのことを必死に思い出す。
その中でひとつピンと来たのは広域治癒。でも、あれは魔導書がなければ使えなかった魔法だし、私一人の手柄じゃない。
ところが、必死に説明したところで、その魔導書を従えているのは私だといって男性にはまったく話が通じなかった。あれー?
あれもこれも否定はしてみるものの、ものの見事にまったく通じてくれなかった。
もう、こうなってくると埒が明かないというもの。宿屋で働いていた時の酔っぱらい客を思い出してしまう。
さすがに苛ついてきたので、もう手短に話を終わらせて自分の用事に戻ることにした。
「無事に町が建設できることを祈ってますので、ケガをした時にでもこれを使って下さい」
私は持っていた下級ポーションを取り出して、男性に押し付けておいた。
「では、私は採取の続きに戻りますから。ついてこないで下さいね」
数歩下がった私は、そうとだけ叫んでくるりと森の中へと走って逃げていった。
できる限りの走りで町の建設現場から逃げてきた私は、ようやく立ち止まって息を整える。追いつかれてなるものかと必死だったので、今までに感じたことがないくらいに息苦しかった。
「とりあえず、水を……」
私は水魔法で水を出してのどを潤す。
「ふぅ……。まさかマシュローであそこまで持ち上げられてるなんて思わなかったわ。聖女とかそんな称号もらったら、まったり生活なんて無理になっちゃうじゃないの……」
水を飲んでどうにか呼吸が落ち着いた私は、言い知れぬ恐怖につい体を震わせてしまう。
「今度クルスさんかマリエッタさんにお会いした時にでもお願いしておこう。そっとしておいてほしいって」
ついつい大きなため息を漏らしてしまう。
いろいろと不安に思うことはあるものの、さっき逃げてきただけにあの場所に今すぐ戻るつもりにはなれない。
「よし、とりあえず今は面倒なことは全部忘れましょう。うん、そうしよう」
私は気持ちをすっぱりと切り替える。悩んでいても仕方ない。私は辺りを見回して薬草や茶葉になる草を見つけると、摘めるだけ摘んで家へと戻っていった。
この時のは私はまったく知らなかった。
私の意思とは関係なく、マシュローの町はおろか、その領地の中で起きている動きのことを。
そんなことになっているとはまったく知らず、私は今日もおいしい茶葉づくりを頑張っているのだった。




