第24話 力比べ
ところが、呆然としていられたのも束の間だった。
私たちに向けて、大きな足音が聞こえてきたからだ。
「お前ら、俺の部下殺した。お前らも殺す!」
足音の主は、オークの主だった。
どうやら、私たちが襲い掛かってきたオークを討伐したことに気が付いてやって来たようだった。
「ここ、戦場。男も女も何も関係ない。屠るか屠られるか、ただそれだけ」
ほ、屠る?
何を言っているのかまったく分からないものの、ただ分かるのは、私たちを攻撃しにやって来たということだけだった。
「お前ら、危険。今死ね、すぐ死ね!」
オークの主は右手に持った斧を振り上げている。その右手に力が集中するのを見ると、私はつい叫んでしまう。
「危ない、避けて!」
気が付くと、私はマリエッタさんを突き飛ばしていた。
なぜか分からないけれど、あの攻撃はとにかく危険な気がした。
マリエッタさんを大きく突き飛ばし、私も反対方向に地面を蹴って距離を取る。一緒に狙われては両方が殺されかねないもの。
距離を取ったちょうど真ん中を、オークの主が振り下ろした斧による衝撃波が駆け抜けていく。地面は裂け、木々もなぎ倒されてしまっていた。まともに食らっていたら、自分たちがああなっていただろう。
私もマリエッタさんも、すっかり顔が青ざめていた。
「外したか。次、当てる」
ずんずんと大きな足音ともに、オークの主が近付いてくる。
突如として、オークの主の足が止まる。よく見ると、私の方に顔が向いていて、首を捻っているようだった。
「お前、よく見たら追い出した女。そうか、あいつを丸め込んで、俺と対立させたか」
どうやら、私が自分の追い出したメイドだと気が付いたようだった。
オークの主の言い分はずいぶんと言いがかりというもの。でも、急に狙いを定められてびっくりした私には、反論するために言葉を発することはできなかった。なにせ、もの凄い形相で近付いてくるのだから、身を守る方法を考えるので精一杯なのだ。
「ま、魔導書!」
持ってきていた魔導書を呼ぶと、光ってパラパラとページがめくれる。
私が今必要としている魔法のページを開いてくれているのだ。
「盾よ!」
目に飛び込んできた言葉を叫ぶと、私の目の前にしっかりとした光の盾が現れる。
「なんの真似だ。おとなしく、死ね!」
私目がけて、オークの主の斧が振り下ろされる。
ダメだと思った私は目を閉じて身構える。
ガキーン!
大きな音が響き渡る。
目を開けて見てみると、オークの主が振り下ろした斧は、私が作り出した光の盾に防がれていたのだ。
「俺の斧、防ぐとは小癪な! この程度の盾、すぐに壊す」
オークの主は、何度も光の盾を斧で叩いている。それだというのに、光の盾はびくともしない。むしろ、ダメージを受けているのはオークの主の斧の方だった。
「むっ、俺の斧が欠けた?!」
オークの主は驚いていた。
「あり得ぬ。この俺が砕けぬものなど、あってたまるか!」
渾身の力を込めて、オークの主が再度光の盾を砕きにかかる。
「アイラ、ぼーっとするな。そいつを倒せばオークどもはおとなしくなるはず。手こずっている今こそチャンスなんだ!」
マリエッタさんが大声で叫ぶ。自身も手負いで動けないはずなのに、私の心配をしてくれている。
「お前ら、いつまでぼさっとしている。そっちの女、八つ裂きにしろ」
マリエッタさんの存在を思い出したオークの主は、部下に命じてマリエッタさんを襲わせようとする。
そうはいかない。
マリエッタさんの声に我に返った私は、魔導書を再度めくる。
目の前では、再びオークの主の攻撃が繰り出されようとしているけれど、盾があるから余裕がある。
「俺に砕けぬものはない。女、覚悟しろ!」
斧を振り下ろすオークの主。
それと同時に、あるページで魔導書がぴたりとめくれなくなる。
さっそく私は、そのページに書かれた魔法を発動させる。
「剣よ!」
「ぐはっ!」
私が魔法を叫んで発動させると、ほぼ同時にオークの主の声が響き渡る。
よく見ると、盾から剣が飛び出し、オークの主を貫いていた。
驚いた私が魔法を解除すると、オークの主はその場に膝をついていた。
「お、おのれっ! 女ぁっ!」
貫かれて血を流しながらも、オークの主は私に襲い掛かってくる。刃のこぼれた斧とはいえ、力を込めれば私くらい潰せるだろう。
オークの主がそう思ったのはなぜか。実はこの時、私は誤って盾の魔法まで解除してしまっていたのだ。
「危ない!」
危険に気が付いていない私を守るために、ひとつの大きな影が私とオークの主との間に割り込んでくる。
ピゲストロさんだった。
「裏切者。お前も死ね!」
「悪いが、死ぬのはあなたですよ、主!」
ピゲストロさんの持つ斧と、オークの主が持つ斧がぶつかり合う。
本来であれば、ピゲストロさんは負けてしまうだろう。しかし、オークの主の持つ斧は今、刃こぼれを起こした上にひびまで入っている。
ピゲストロさんの振るった斧はオークの主の斧を砕いていた。
「もう、力だけの時代は終わったのですよ」
小さく呟いたピゲストロさんの目の前で、オークの主はそのまま仰向けに倒れたのだった。




