第23話 これが戦場
私がたどり着いた最前線。そこではすでに多くのオークたちがそこら中に横たわっていた。
「ふん、この程度で俺に逆らう、いい度胸だ!」
大きな声が聞こえてきたので、私が顔を向ける。
そこには、私を屋敷から追い出したオークの主が立っていた。胸を張って大声で威張り散らしている。
(つまり、ここにいるオークたちは、みんなあいつの攻撃で……)
あまりにもひどい状況に、私は思わず吐きそうになって口を手で押さえてしまう。
「アイラ、少し距離を取って休みましょう。まだこちらには気付いていないようですからね」
「は、はい……」
ゆっくりと馬を翻し、近くの林の中に身を隠す私たち。
その際にちらりと目を向けたけれど、ピゲストロさんはまだ立っているようだった。それでも、脇腹に手を当てているように見えたので、あのオークの主に一方的に攻撃を加えられていたのだろう。
木陰に来て休息をとる。マリエッタさんが、私に対して水を差し出しくれたので、受け取って飲み干しておく。
「あれがオークの主ですか。わたくしたちが敵いそうにもないオークたちをああもいとも簡単に屠るとは……」
マリエッタさんの表情が厳しくなっている。彼女も自警団の一人として、実力差を思い知らされたのだろう。
その気持ちはよく分かるけれど、あれ以上オークの主の暴挙を許せるわけがない。
「魔導書さん、力を貸してもらえますか?」
私が空中に呼び掛けると、連れてきた魔導書がふわっと姿を見せる。呼び掛けに応じたということは、力を貸してくれるということだろう。
「あの倒れているオークさんたちは悪くないオークさんです。傷を治すことはできますかね」
私の呼び掛けに、魔導書はくるりと一回転して前に傾く。
「お安い御用ですか。では、お願いします」
魔導書は任せろと言わんばかりにバラバラとページをめくっていく。ぴたりとページを止めると、そのページ書かれた魔法を私へと見せつけてくる。
「なるほど、広域回復ですか。私の魔力でできるかは分かりませんがやってみます」
「えっ、ちょっと、どういうことなのですか?」
マリエッタさんが慌てふためいているけれど、今の私に構っている暇はない。あのオークたちが負ければ、オークの主はマシュローの町へと向かっていくに違いない。それはなんとしても防がなければならないんだから。
私は驚くマリエッタさんを無視して、魔導書に書かれた魔法を発動させる。
「広域治癒」
私が呟くと、魔導書から放たれた光が辺り一帯に舞い散る。
「一体何が起きているのですか」
「オークたちを見て下さい」
あまりに突然のことに混乱するマリエッタさんに、私は目を向けるべき場所を指示する。
私の言葉を聞いてマリエッタさんが目を向けた先では、ぼろぼろに傷ついて倒れていたはずのオークたちが、傷が塞がった状態で立ち上がり始めていた。
傷の癒えたオークたちも何が起きたのか分からないといった感じで、自分の体を見つめているようだった。
「アイラ、あなた一体……」
「そこにもいたか!」
マリエッタさんが驚いて私に声を掛けようとした瞬間、大きくて気味の悪い声が響き渡る。
目を向けると一体のオークが駆け寄ってきている。どうやら先程の魔法で私たちに気が付いたようだった。
「下がっていて。一体だけなら、わたくしだけでもなんとかできると思いますわ」
マリエッタさんは剣を鞘から抜くと、オークの攻撃に備えて構える。
「女二人か。けけけ、俺はついているな。殺しやしねぇから、おとなしく弄ばれな!」
私たちを見つけたオークは、手に持っている棍棒を振り下ろしてくる。
「はあっ!」
振り下ろしてくる棍棒に、マリエッタさんは軌道を合わせて剣を振る。剣と棍棒が当たり、棍棒の軌道が逸れる。
力いっぱい振りかざした棍棒ゆえに、オークは逸れた軌道に引っ張られて体勢を崩す。
オークの体勢が崩れたところを、マリエッタさんは見逃さない。振り抜いた剣を切り返して、オークへと一撃を決めている。
「ぐああああっ!」
オークは痛みに声を上げるものの、しっかりと耐えてしまっている。傷が浅いのだ。
「女ぁっ! 俺に傷を負わせるたあ、ただで済むと思うな!」
ケガを負ったオークが、目を見開きながらマリエッタさん目がけて棍棒を振り下ろそうとしている。
「火よ!」
さすがに危ないと思った私は、火を起こす魔法をオークへと放つ。
オークの勢いを抑えられればいい。そう思って弱い魔法を放った、……つもりだった。
ボワッ!
「うぎゃああっ!!」
一気にオークの顔面が燃え上がる。
私が使った魔法は、ただの火種を起こす魔法。それだというのに、オークの頭を包み込むほどの大きな炎となってしまったのだった。
使った本人である私ですら、一体何が起きたのか分からない。
「今ですわ!」
オークが怯んだところへ、マリエッタさんの渾身の一撃が決まる。
燃え盛る炎に気を取られていたオークは、マリエッタさんの一撃をまともに受けてしまい、そのまま力が抜けたかのように倒れてしまった。
「や、やりましたわ……」
オークが倒れたのを見て、私とマリエッタさんはしばらくその場を動くことができなかったのだった。




