第22話 揺るがない決意
「はっ!」
急に起き上がる私。
どのくらい眠っていたのだろうかと、目が覚めたので体を起こして周りを見てみる。
隣ではマリエッタさんが椅子に座ったまま眠っている。
窓から光が差し込んでいるので、それほど時間は経っていないと思われる。
「起きましたか、アイラ」
「あ……、マリエッタさん」
「一人にしておくのは危険だと思いましてね、わたくしがご一緒しておりましたの。眠ってはいませんわよ、さっきからほとんど時間は経っておりませんしね」
「そうですか……」
目を覚ました私と、マリエッタさんとの間で会話が続かない。
不意に、私はとあることに気が付く。
「クルスさん……。クルスさんはどちらへ行かれましたか?」
「クルスでしたら、前線へ向かいましたわよ。アイラが持ってきたポーションを持って、領主様へと報告するためにね」
「そうですか」
状況を確認して、ひとまずほっとした私。
しかし、ポーションを持っていったという話を聞いて、慌てた表情でマリエッタさんを見てしまう。
「もしかして、もう戦いが始まってしまうのですか?!」
「え、ええ。敵の姿を山脈の南側で見たとのことですから、そのうちにオーク同士が戦うことになるかと」
私の激しさのこもった声に、マリエッタさんが思わず動揺を見せている。圧が強すぎたせいか、アリエッタさんは状況を思わずこぼしてしまっていた。
マリエッタさんの話を聞いた私は、ベッドから飛び起きる。
慌てて部屋を出ていこうとする私を、マリエッタさんが引き止める。
「ちょっと、どこへ行こうとしていますの」
「私も前線へと向かいます。無関係ではありませんし、今回は逃げたくないんです」
私の手を握るマリエッタさんに、強い口調で言い切る。
あまりにも私が強く言い切ったせいか、マリエッタさんは驚いて一歩引いてしまっていた。
「分かりましたわ。でも、あなたは普通の町民という立場ですから、無茶はやめて下さいな」
私はマリエッタさんの説得には応じるものの、現場に向かうことは頑として譲らなかった。
しかたなく、マリエッタさんは私をひとまず町の外で陣を構える領主様のところへと連れていった。
町の外へと移動して、領主様と顔を合わせる。
私は素顔をさらしていて、ものすごく緊張した面持ちで立っている。
「よく来たな。話には聞いているよ、錬金術師殿」
意外なことに、魔族である私に対して、頭は下げないものの丁寧に話し掛けてくれた。
「れ、錬金術師とはおそれ多いです。私はただの下っ端魔族ですから」
あまりにもびっくりしたので、手と顔を左右に振りながら混乱してしまっている。
一緒に来ていたマリエッタさんが手を肩に置いてくれたおかげで、どうにか我に返ることができた。
「クルスが持ってきたポーションについて尋ねたいところだが、どうやら今はその時ではなさそうなのだ」
「と、申されますと?」
領主様の言葉に、私はごくりと息を飲んだ。まさかの事態とは思いたくない。
しかし、現実は非情なのだった。
「もう間もなくオーク同士の戦いが始まってしまうだろう。今は戦況を把握せねばならんので、終わった後にでもゆっくり聞かせてもらおう」
どうやら、オークの主たちとの衝突まで猶予がないようだった。
領主様は私をここに留めるつもりのようだが、私には最初からそんなつもりはなかった。
「承知致しました。では、私は前線に向かいます」
「正気か?!」
状況を把握した上で飛び出した私の言葉に、領主様は驚いて大声を出してしまう。
「私は個人的にオークの主には恨みがあります。あのオークとの戦いは、私自身の戦いでもあるんです」
私はそのために今回ここにやって来たのだ。逃げるつもりもないし、守られるつもりもない。
私が固い決意を秘めた表情を向けると、領主様は困ったような顔をしていた。私の発言は予想外だったみたいだ。
しばらく悩んだ後に、マリエッタさんに声を掛ける。
「マリエッタ。無茶を承知で言うが、錬金術師殿の護衛を頼むぞ。この分では止めても聞きそうにないからな」
「承知致しました、領主様。このマリエッタ、全力で守らさせて頂きます」
マリエッタさんは、領主様に向かって跪いて答えていた。
正式に領主様から指令が下ると、マリエッタさんは立ち上がって私に声を掛ける。
「さあ、向かいましょう。なんとしてもオークの侵攻は止めなければなりませんもの」
「はい、頑張りましょう」
私たちは領主様に一礼をして部屋を出て行くと、マリエッタさんと一緒に馬に乗って前線へと向かっていく。
話によれば、やって来たオークの主と接触したのは、ピゲストロさんたちが率いるオークたちだけだそうだ。
ただ、ピゲストロさんは、オークの主には自分たちが束にな手も敵わないと言っていた。その言葉が、今も私の心の中で強く引っ掛かっているのである。
(ピゲストロさんたち、どうか無事でいて下さい)
マリエッタさんの背中につかまりながら、私は強く願う。
半日ほど馬を走らせると、ようやくオークたちの姿が見えてくる。
私たちがそこで見た光景は、思った以上に凄惨な状況となっていたのだった。




