第21話 開戦
<引き続き第三者視点>
「主、マシュローの町までもう少しでございます」
「うむ。無能な手下ども、この俺自らが出ねばならぬとはな……。みなごろしにしてくれる」
台座に座り、感じの悪い姿勢のまま不機嫌そうに呟く屋敷の主。
体の大きさ自体はピゲストロと大して変わらないのだが、その威圧感は圧倒的なものがあった。
「おらぁ! てめえら、気合い入れて引っ張らんか!」
「ぐはっ!」
手下が台座の乗る台車を引っ張る魔族たちを鞭打つ。
数十人がかりで引っ張られる台車は、少しずつ前進していく。
「男は殺せ。女は捕らえろ。町、滅ぼす、いいな?」
「はっ!」
指示を受けたオークたちは、大きな声で返事をする。
オークの主の軍勢は着実にマシュローの町へと近付いていた。
―――
オークの主たちを迎え撃つのはマシュローの自警団とマシュローなどを治める領主軍、それとピゲストロたち主から離反したオークたちの軍勢だ。
おそらく戦力だけなら、マシュローの連合軍の方が上だろう。だが、相手はピゲストロが自分たちが束になっても敵わないと言い切っていた相手だ。領主たちも警戒を緩めることはできなかった。
領主はマシュローの外で戦いのための本陣を構えている。
「現状を報告せよ」
「はっ。マシュロー西にある山脈の南端を回り、こちらに向かってくる一団を発見しました。あのオークたちの言う通り、別のオークの一団のようです」
「そうか。ご苦労だった。引き続き警戒にあたってくれ」
「はっ!」
領主への報告を終えた兵士が、偵察に戻る。
報告を受けた領主は、自警団の面々へと視線を移す。
「自警団の団長の姿が見えぬが、奴はどこにいる」
「はっ、領主様にご報告いたします。十日少々前から行方不明でございまして、我々も捜索にあたっているところでございます」
「そんな大事なこと、なぜ今まで報告しなかった」
「それが、副団長も同時に行方不明になっており、伝達のための指揮系統が失われていたのです。副団長が戻られた際には、昨日の正常化を優先させましたゆえに、報告が遅れたのでございます」
領主から問い詰められた団員は、長々と言い訳がましく報告をしている。報告内容を聞いて領主は、頭が痛そうに額に手を当てていた。
「もうよい。その話はひとまず今の状況を乗り切ってから、おいおいすることとしよう」
報告にやって来た自警団員を追い払う領主。
さすがにいろいろなことが一気に起こり過ぎたのか、本当に頭が痛そうにしている。
「領主様、失礼足します。クルスでございます」
「おお、クルスか。どうした」
衛兵を伴って、クルスがやって来た。その手には何かが持たれている。
「うん、なんだそれは」
当然気になった領主は、クルスの手に持ったものの正体を尋ねてくる。
「はい、上級ポーションでございます」
「なんだと?! 上級ポーションだというのか!」
領主が声を荒げている。クルスはこくりと頷く。
「どこで、どこでそれを手に入れたというのかな」
「はい、マシュローに最近やって来た錬金術師が作り出しました。ここに二十本ほどございます」
「に、二十……」
数を聞いて言葉に詰まってしまう領主だった。普通にポーションを作ると下級すらかなり厳しいのだ。
だというのに、その二段階上のポーションが二十本も目の前にあるというのだから、驚くなという方が無理なのである。
「これを五倍に薄めれば中級に、さらに五倍に薄めれば下級ポーションにできるそうです」
「ふむ、分かった。私のところの薬師どもに渡してきてくれ。納得はいかないだろうが、私の名を出して黙らせるのだ。今は非常事態だからな」
「はっ、承知致しました」
領主からの指示を受けて、クルスはポーションを持って領主お抱えの薬師たちにポーションを届けたのだった。
これで少しでも有利に戦いが運べればと、領主は心の底から願ったのであった。
―――
しばらくすると、ついにオークの主がマシュローの近くに姿を見せる。
「止まれ。何かいるぞ」
オークの主の命令で、台車がぴたりと止まる。
目を細めたオークの主の目の前には、よく知った顔の連中が並んでいた。
「ふん、裏切者。死にに来たか」
「我々は、もうお前の指示には従わない。お前に虐げられるだけの存在でいたくはないからな」
ピゲストロは、斧をかつての主に向けている。明らかな決別の意志の表れだった。
「ほざけ。俺に指一本触れられぬ弱き者が」
主はピゲストロを煽り返している。
「くっ……」
事実を突きつけられて、ピゲストロの表情が歪む。
「裏切者、みなごろし。女、手に入れる」
主はゆっくりと立ち上がると、勢いよく台座から飛び降りる。巨体だというのに、かなりの距離を跳んで地面へと着地する。それと同時に大きな音が響き渡り、台座を引いていた魔族たちは衝撃で全員が倒れ込んでしまう。
「歯向かうやつ、みんな敵。同族、人間、関係ない。俺の力で、みんな死ね!」
オークの主が雄たけびを上げる。辺り一帯の空気が一気に震え、緊張が高まる。
これを合図として、お互いに武器を構えて睨み合う。
支配者と抗う者たちの戦いが、今ここに幕を開けたのだった。




