第19話 一時帰宅
オークたちの対応はクルスさんたちに任せておけばいいということで、戦いに不向きな私は一度家へと戻ってきた。
ピゲストロさんが言うには、自分たちが戻らなければそのうち自らが動くだろうと言っていた。なので、討伐するにも時間的余裕があるので、一時的に家に戻るようにと言われたというわけだった。
「ただいま。久しぶりの家ね」
私は連れ出していた魔導書を家の中に解放する。久しぶりの我が家に喜ぶように飛び出した魔導書は、この家の元の主の書き残したメモのあった部屋へと戻っていった。
魔導書を解放した私は、来るオークの主との戦いに備えてポーション作りを始めることにする。
なにせ、オークの主は雰囲気がとても怖い。クルスさんをあれだけ一方的に苦しめたピゲストロさんが言うには、自分たちが束になっても敵わないという実力の持ち主。おそらく領主様の軍勢が加わっても苦戦は免れないと思われる。
「帰ってきたのはいいけれど、もし戦いとなれば私もいた方がいいでしょうね。あの屋敷の主には恨みしかないもの」
椅子に座りながら、天井を見上げている。どうしようもなくため息しか漏れ出てこない。
とはいえども、私みたいなただの町娘だった人間……いや、今は魔族か。私みたいなへなちょこ魔族が一人加わったからって、どう形勢をひっくり返せるのかは分からない。
「ねえ、あなたたちは私が戦いに参加するって言ったら力を貸してくれる?」
私は魔導書の集まる部屋に行って、魔導書たちにぽつりと話しかける。
私の言葉を理解したのか、魔導書たちは浮かび上がって私の周りをくるくると回り始めた。
「そっか、協力してくれるのね。ありがとう……」
私は周りに浮かぶ魔導書たちにお礼を言う。
そうと決まれば、私も戦わざるを得ない。だって、当事者だもの。ここで私だけ逃げるわけにはいかないわ。
私が一度死んだ町の襲撃にあのオークたちが関わっているかどうかは分からないけれど、あの屋敷で酷く扱われたのは事実だもの。ちょっとくらい仕返ししたって罰は当たらないよね。
「それじゃ、マシュローの町とあのオークたちのために、ちょっとばかり頑張ってみましょうかね」
あのオークたちも全員がいいオークというわけではないけれど、リーダーであるピゲストロさんを信じてみましょうかね。私に感謝しているみたいだし、あの真っすぐな目を裏切るなんてことは私にはできなかった。
大量のポーションを作ることになるので、魔導書はそのための鞄の改良方法も提示してくれている。
どうやら、鞄の中の空間を広げるというとんでもない技術があるらしい。
「うーん、必要な魔石が手に入らないものじゃないの。これは無理ね。今の鞄に入るものだけでどうにかするしかないや」
ただ、そのための魔石は普通の魔石ではなく、特殊な魔物のものでないと駄目なようだった。さすがにそれは無理という判断となってしまった。
「そうだわ。上位のポーションを作って薄めれば下位のポーションにできないかしら」
魔導書に話し掛けると、一回くるっと回ったかと思えば、ぱたりと前に倒れている。これは頷いているということでいいのだろうか。
「そっか、できるのね。それなら上級ポーションを作って数を減らしましょうか。何倍くらいに薄めれば中級、下級になるのかしらね」
私がぽつりと質問じみたことをつぶやけば、魔導書はパラパラとめくれてページを開いてくれる。
開いたページをじっくりと眺めてみれば、上級を五倍希釈すれば中級に、中級を五倍希釈すれば下級にできると表記されていた。どうやら、上級一本あれば、下級が二十五本作れるらしい。
「私には洗浄魔法があるから、足りない容器はそれを使えば用意できるかしらね」
錬金術でいろいろできるようにはなったものの、さすがにすぐにできないことはできない。鞄の容量の限界があるので、ポーションを薄めるための容器を持っていくことはできないのだった。
そうなると、マシュローの町にある空き瓶を使うか、その場で錬金術で空き瓶を作るかの二つに一つになるというわけである。
「よし、上級ポーションを作りまくるわよ」
私は早速、取り溜めておいた薬草を引っ張り出してポーションを錬金術で作っていく。
空の容器の中に薬草と魔法で出した水を入れて、そこにじっくりと魔力を注ぎ込んでいく。まさか込める魔力量だけでランクが変わるなんて思わない。材料が一緒なのは手抜きには最高というものだ。
ぼふっと煙みたいなものが噴き出ると、私は容器の中身を確認する。透明度の高い緑色の液体が入っている。よく見ると、ほんのりと他の色も混ざっているように見える。
「うん? 上級じゃないのかな?」
慌てた私は鑑定魔法で確認をする。
『最上級ポーション 上級ポーションよりも効果は高く、生存していればすべての傷をいやすことができる』
説明を見た瞬間、言葉をすっかり失ってしまった。
最上級ポーションってこんなに簡単にできるものなのだろうか。自分の目を疑った。生存していればということは、死の淵からでも復活できるという代物ということになる。
「はぁ、見なかったことにしよう……」
あまりにも大それたものだったので、私は部屋の引き出しに最上級ポーションをそっとしまい込んだ。
「さあ、上級ポーションを作りましょう」
気を取り直して、私はできる限りの上級ポーション作りに励んだのだった。




