第16話 オーク襲来
マシュローの西側、防壁の上に立つと、じっとその先を見つめる。
「……来てる」
視線の先には、魔族の群れの姿があった。
「見えるのか?」
「はい。目の良さは人間の頃からの自慢なんです」
私は、再び魔物の様子を眺めている。
動き出す気配はない。あの時のオークたちの話しぶりからするとおかしな状況に思える。
ぞわっと身の毛がよだつ。
「アイラ、大丈夫か?」
クルスさんの声に我に返る。
「大丈夫です。ちょっと死んだ時のことを思い出しただけです」
「大丈夫じゃないじゃないか。無理せずに休んでいていいんだぞ」
クルスさんの声に、私は首を横に振る。
私が体験したことを、この街の人たちにはして欲しくないんだもの。
「クルス」
町の外を警戒していると、女性の声でクルスさんを呼ぶ声が響く。
「マリエッタか。領主への連絡は?」
クルスさんは振り返って応対する。
「伝令を向かわせていますわ。この町の自警団だけでは、とても相手にできそうにないとね」
「そうだな。見る限り100体以上はいるみたいだ。このままだと、間違いなくこのマシュローの町は壊滅する」
「そんな……!」
クルスさんから出た言葉に、私は思わず青ざめてしまう。自分が死んだあの時のことが、一瞬にして蘇ってきてしまったのだ。
間もなく日が暮れる。
その時、オークたちに動きが見られる。
「ブモオオオオッ!!」
激しい雄たけびとともに、地鳴りと土ぼこりが一気に発生する。
ついにオークたちが動き出したのだ。
「来たぞ! できるだけ俺たちで食い止めるんだ。町に入れさせるな!」
「おおーっ!」
数で圧倒的不利だというのに、町の人を守りたいという一心で自警団員たちが奮起している。
ケガを治すためのポーションは各所に預けてあるので、多少のケガならば負っても大丈夫なはず。
「オークの数が多いな。魔法隊、弓矢隊、攻撃準備を!」
「はっ!」
私の横で、クルスさんが魔族を迎え撃つために指示を飛ばしている。団長が不在の今、副団長であるクルスさんが責任者だからだ。
ものすごい勢いで走り込んでくるオークたち。あれだけ遠くに見えたのに、もうマシュローとは目と鼻の先の距離にまでやって来ていた。
(私も何かしなきゃ。魔導書さん、力を貸して!)
不安な表情を浮かべながらも、私は必死に願う。
たった数日間だったとはいっても、魔族という正体を隠した私に親切にしてくれたマシュローの町だもの。それに、私に起きた悲劇は繰り返したくない。
私が強く願うと、魔導書がふわりと浮かび上がってパラパラとページがめくれていく。
「アイラ?」
隣に立っているクルスさんが思わず驚いてしまっている。隣でいきなり目を疑うような事態が起きたのだから、そうなってしまうのも当然だろう。
「土よ、溝となれ!」
魔導書のあるページが開くと、私は手を前に突き出してそう宣言する。
次の瞬間、オークたちの目の前にその体の何倍もの幅がある溝が出現していた。突如出現した溝に、オークたちは対応できずに次々と溝へと落っこちていく。
クルスさんはもちろん、他の自警団の方たちだって何が起きたのかという様子を見急いている。
「アイラ、君の魔力は少ないんだろう? こんな大規模な魔法を使っては……」
クルスさんが慌てたように私を見るけれど、私はなんともなかった。
確かに私の魔力は少ないけれども、私には心強い味方がいるんだもの。
「ふん、どうやら簡単にはいかないようですな」
オークたちが穴に落ちて安心したのも束の間。一体のオークが穴を飛び越えて私たちの方へと向かってくる。
「なんだ、あのオークは。あの大穴を軽々と飛び越えたぞ」
「撃て、撃つんだ!」
自警団が突撃してくるオークに対して、魔法や矢を放つ。
「ちょこざいなですぞ!」
オークが手に持っていた斧をひと振りすると、魔法も矢もすべて払い落とされてしまった。力の桁が違い過ぎる。
このままでは街に侵入される。そう思った時だった。
何を思ったか、そのオークは急に立ち止まった。
「我は誇り高きオークの騎士隊長ピゲストロと申す。我としては不本意ながら、主の命により貴公たちの町を陥落させに参った。代表者よ、尋常に我と勝負致せ」
予想外の提案だった。
理性のない魔族だと思っていたのだけれど、このような者もいたようだ。
後ろの穴から這い出てきたオークたちが攻め入ろうとするが、オークのリーダーが一瞥するとぴたりとその動きを止めていた。
「お前たちはおとなしくしているのです。先程の魔法が本気で放たれてみなさい。我々はあっという間に全滅するだけなのですからな」
「わ、分かりやした……」
ちらっと向けた視線に加えて、一喝するだけであれだけの数のオークが一気におとなしくなってしまった。なんて方なのでしょうか。
「さぁ、我と戦う人間は誰ですかな」
「俺だ。今向かう、待っていろ」
「クルスさん」
クルスさんが出て行こうとするので、私はつい声を掛けてしまう。
「心配は要らない。こうなったのはおそらく君の魔法のおかげだ。あのリーダーと一騎打ちをして勝てば、被害なくオークの群れを追い返せそうだ」
「……分かりました。気を付けていってきて下さい」
まさかのオークとの一騎打ちという展開に、私は祈るような気持ちでクルスさんを送り出したのだった。




