第108話 幸せの時
場所はピゲストロさんのお屋敷の大広間。
いつもなら、お屋敷の主が座っていろいろな人とお話をしている場所ね。
だけど今日に限っては、かなり雰囲気が違っている。
部屋の中には招待された人たちが集まっており、私の入場を今か今かと待っているらしい。
「うう、すごく緊張してきた」
私は控室に割り当てられている客間で、緊張した様子で座っている。
お屋敷のメイドたちが気合いを入れて作った立派なドレスに身を包み、私はその時を待っている。
「ええ、おきれいですよ、奥様」
「羨ましいですわよ、奥様。あのピゲストロ様とご結婚だなんて」
「私たちの持てる力のすべてで、しっかりと仕立てさせて頂きました」
私のそばに立つメイドたちが、緊張を和らげようと次々と話しかけてくる。
だけど、それはまったくの逆効果で、私の緊張は段々と高まっていくばかり。表情はすっかりと固まってしまっていた。
私は何度も深呼吸をして、気持ちを必死に落ち着けようとしている。
「アイラ様、ご準備はできましたでしょうか」
外からピゲストロさんの部下であるオークの声がする。
どうやらその時を迎えてしまったみたい。私は覚悟を決めなければいけないようだった。
もう一度しっかりと深呼吸をして心を落ち着ける。
ちなみに、私の手を引いてその場所まで連れて行ってくれるのは、兄であるアイザックだった。
「相手は人間じゃなかったが、元気なうちにお前のその姿を見られたのはよかったよ。俺もだいぶ年を取ってきたからな」
「もう、アイザックお兄ちゃんったら」
兄妹の間で会話が交わされている。
お兄ちゃんが真面目な表情で話すものだから、私はおかしくてついつい笑ってしまう。
まったく、お兄ちゃんのおかげですっかり緊張が解けちゃったかな。
ようやく落ち着いた顔をできた私は、心を穏やかにして結婚式の会場へと向かった。
私は会場へと姿を見せる。
扉の向こうには招待客であるみんなや、私の夫となるピゲストロさんが待っているのだ。
扉が開くと、みんなからの視線が一斉に注がれる。その動きがあまりにもそろっていたので、びっくりした私に再び緊張が走る。
だけど、お兄ちゃんが手をしっかりと握って私に微笑みかけてくれたおかげで、かなり緊張は和らいだ。
しっかりと顔を上げて正面を見る。
そこには、見慣れた顔のオークが立っている。
彼こそがピゲストロさん。オークの群れを率いる隊長で、現オーク領の領主様だ。
そして、今日この日、私の夫となる人物。
用意された貴族の服装に身を包むピゲストロさんは、なんともいつもと違った印象を受ける。
「あ、アイラ殿」
ピゲストロさんも緊張しているのか、私を呼ぶ声が少し上ずっていた。
「なんでしょうか、ピゲストロさん」
「いつものままでも美しいですが、今日は一段と輝いて見えますな」
「ありがとうございます。ピゲストロさんも、いつもと違った感じが素敵ですよ」
お互いに褒め合って、少し遅れて照れ合ってしまう。今はベールで顔は見えないんだけど、きっと真っ赤なんでしょうね。
会場からははやし立てるような声が聞こえてくる。
結婚式は、今所属している王国の法式に則って進められる。
進行役の人物が発言をすると、会場の中は一気にしんと静まり返った。
順調に式は進んでいき、最後に私たちは口づけをする。
普段、近くに立っていることはあったけれど、さすがにオークとなると顔を近付けることにはどうしても抵抗があった。けれど、今日ばかりはなんだか平気で顔を近付けられたと思う。これが好きになるってことなのかしらね。
人間だった時には考えもしてなかったけれど、素敵な人と出会えて私はとても幸せを感じている。その相手が、まさかオークだなんて思ってもみなかったけれど。
でも、ピゲストロさんはどこまでも実直で頼りがいのある人だ。彼だからこそ、私は受け入れられたんだと思う。
「きゃっ!」
思わず驚きの声を上げてしまう。
口づけが終わったかと思うと、私はピゲストロさんに抱えあげられてしまったからだ。
「ぴ、ピゲストロさん、さすがにこれは、恥ずかしいです」
ピゲストロさんの両腕に抱えられて、私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆ってしまう。
「アイラ殿の顔をもうしばらくよく見ていたいですからな。なにぶん、我とでは背丈に差がありすぎますからな」
恥ずかしいことを惜しげもなく話すピゲストロさんに、私は思わず口をパクパクとしてしまう。そのくらいに恥ずかしい。
その慌てふためく私を、優しい目でじっと見てくるピゲストロさん。
何を思ったのか、もう一度しっかりと口づけをしてくる。
「いや、すまない。あまりにも愛おしくてつい……」
私が顔を真っ赤にして目を逸らすと、ピゲストロさんも困惑した様子で言い訳をしていた。
私たちは、みんなから祝福される中、新たな門出を迎えたのだった。
これからは、私には領主夫人としての務めが待っている。
私はただ、ずっとこの幸せがず続きますようにと祈るばかりだった。




