第106話 真っすぐな瞳
私が目を覚ました時には、ピゲストロさんのお屋敷の中にいた。
どうやら私が気絶している間に、ピゲストロさんが指揮して運んでくれたらしい。
「この度は、本当にご迷惑をおかけしました」
目を覚ました私が頭を下げると、ピゲストロさんは驚いたようにじっと私を見ている。
「いや、迷惑などとは思っていませんぞ。むしろ、魔王様を退けて頂き、感謝致します」
頭を下げたら、頭を下げ返されてしまう。
ピゲストロさんの話によれば、あのまま魔王を放っておけば、今いる屋敷あたりはがれきになっていただろうという話だった。
まあそれは、ピゲストロさんが魔王に対して攻撃を仕掛けたせいじゃないのかと指摘したくなってしまう。
でも、私を助けようとしたことによるやむを得ない行動だったので、私は怒るに怒れなかった。
ピゲストロさんはそこまで私に対して恩義を感じているようなのだ。
なるほど、先日のプロポーズにも納得するというもの。
……私は一体どうするべきなのかしら。
せっかく、のんびり暮らせる家が見つかったというのに、ここでおとなしくピゲストロさんのプロポーズを受け入れるべきなのかしら。
目を覚まして、しばらくお屋敷で休養している私。実はまだこれには結論が出ていない。
ピゲストロさんは今は人間の王国の一領主になっている。彼からのプロポーズを受け入れれば、領主夫人となってしまい、どう考えても忙しくなりそうだから。
以前の主による酷使が頭をよぎるので、やっぱり避けたい話だった。
「アイラ殿、調子はいかがですかな」
ベッドで休んでいる私に、様子を見に来たピゲストロさんが声を掛けてくる。
「ええ、だいぶ良くなりましたので、そろそろ家に戻ろうかと思います」
「そうですか。いや、倒れられた時には驚いたものですぞ。おそらく、慣れない力を使った影響でしょう。普段のアイラ殿からすれば、何の問題もなさそうな魔力の使い方でしたからな」
「う……ん、そうなのかしらね」
慣れない力と聞いた時に、私はあの時のやり取りを思い出した。
あの時、ピゲストロさんは、私の力のことを兄の力のようだと言っていた。
わたしのお兄ちゃんであるアイザックは冒険者をしていて、たくさんの魔族をこれまで討伐してきた。つまり、私に眠っている力は、ピゲストロさんは当然、ティコやキイたちをも倒せてしまうほどの強大な力ということになる。
そんな力を持っていることが、私としてはとても怖かった。みんなを傷つけてしまわないかと。
私が俯いていると、ピゲストロさんがそっと寄り添ってくる。
「大丈夫ですよ、アイラ殿なら。我もそうですし、ティコ殿たちもそう。慈愛に満ちたアイラ殿なら、きちんと使いこなせるようになるでしょう」
「ピゲストロさん……」
私たちの間に何とも悪くない雰囲気が漂っている。
だが、それも長く続かなかった。
ファングウルフが一体飛び込んできたのだ。
「ガウ、ガルルルガウ!」
ファングウルフの訴えを聞いて、私はいけないと思って、すぐにベッドから立ち上がる。
「アイラ殿、彼は一体なんと?」
「ティコとキイが寂しがっているから、そろそろ姿を見せてやってほしい。そういっています」
私の翻訳を聞いて、ピゲストロさんは納得したようだった。ファングウルフが慌てるわけだ。
「二日間眠っておりましたからな。さすがに寂しいのでしょうな。あの図体では、屋敷の中に入ってこれませんからね」
「……二日。そんなに眠っていたのね」
眠っていた日数を聞いて、私はつい顔を伏せてしまう。
すぐさま顔を上げると、私はベッドから立ち上がる。
「アイラ殿?!」
「ティコたちに会ってきます。あの子たちに寂しい思いをいつまでもさせるわけにはいきませんから」
私は起き上がってファングウルフ案内について行く。
お屋敷の外に出ると、そこにはティコとキイが、ファングウルフたちに構われている光景が広がっていた。
「ティコ、キイ」
名前を呼ぶと、二体とも一斉に振り返る。
「おいで!」
両手を広げて構えると、二体とも嬉しそうに駆け寄ってきた。
ああ、このもふもふ感。やっぱりこの感触は手放したくないものだわ。
私がティコとキイを堪能していると、ピゲストロさんが私の隣までやってくる。
「やはり、アイラ殿は我々にとって必要な人物ですな」
やたらと真剣な表情で私を見てくるピゲストロさん。その表情に私は驚いてしまう。
「今回のことで思ったのです。確かにアイラ殿はお強い。ですが、無茶をさせてしまってはいかがなものだろうかと」
「……ピゲストロさん?」
私に向けられる力強い瞳に、私は身動きが取れなくなる。
「我は確かに力不足でしょう。此度のことでも痛いほど実感させられました」
どうしよう。ピゲストロさんから目を逸らすことができない。
「アイラ殿、今一度申し上げます。あなたを、隣で支えて差し上げたいのです。どうか、我が伴侶、いえ、我が守るべき存在となって下さいませ」
力強いプロポーズだった。
ピゲストロさんは確かにオークだ。
でも、彼はどこまでも真っすぐで、不思議と信用できると思えてしまう。
……私も、決断しなければいけないのかしらね。
ピゲストロさんを見つめ、私はゆっくりと口を開く。
「私は……」




