第105話 思ってもみなかった決着
魔王から魔法が放たれる。
それは今までにも感じたことのない、なんとも恐ろしい力だった。
「ミャアアアッ!!」
ご主人様をやらせはしないとばかりに、ティコとキイが大声で鳴く。
大きな風が巻き起こり、魔王の放った魔法を押し返さんとばかりに風が向かっていく。
「ふん、多少強くなったからとはいえ、しょせんは魔物の魔法。俺の力に勝てると思うな!」
「ミギャ?!」
風がこじ開けられて、魔法は私へと向かってくる。
先程優位に戦えていたから、二体ともショックを受けているようだ。
「はははっ、死ねえっ!」
魔王が笑っている。
だけど、さっきまで感じていた戸惑いも驚きも恐怖も、魔法を目の前にしたらすっかり消え去っていた。
今の私は不思議なくらい落ち着いている。
多分、私のために魔王に立ち向かってくれたティコたちのおかげだわ。
「壁よ!」
両手を前に突き出して、魔法による障壁を作り出す。
魔王から放たれた魔法が障壁にぶつかった瞬間、ずしんと重い衝撃が伝わってくる。
「ぐぐぐぐ……」
さすがに威力が強い。
私一人では耐え切れそうにない。
「アイラ殿!」
大きな声が響いて、私は何かにがっしりと支えられた気がした。
振り返ると、そこに魔王と戦っていたはずのピゲストロさんの姿があった。
「ピゲストロさん?!」
「アイラ殿、しっかり集中するのです。アイザック殿と同じ力があるとするならば、きっと跳ね返せるはずですぞ」
ピゲストロさんの真っすぐな目が、私に向けられている。
思わず見とれてしまっていた私だったけれど、気を引き締めてこくりと頷く。
再び前を向いて、魔法障壁へと力を込めていく。
「はああああああっ!」
集中を高めていくと、私の展開する魔法障壁が、大きくなっていく。あと、心なしか光り始めた気がする。
なんだろうか。ピゲストロさんに支えられてからというもの、力が湧いてきた気がする。
「な、なんだ、この力は! この俺が押されているだと!?」
魔王は驚いている。
「なぜだ。これほどまでの力がありながら、なぜ俺を拒む!」
魔王が改めて私に問いかけてくる。
うん、そんなものは決まっている。だって、私は元人間だもの。人間と敵対しようとする人となんか、一緒にいられるわけないじゃないの。
「私は、人間たちと仲良くしたいからよ。気ままに一人で暮らしながら、時折交流しながら静かに暮らしたいの!」
私は自分の意見を口にしている。
あのお屋敷を追い出されたあと、森の中で一軒家を発見した時から、私の考えはずっと変わらない。
「だから……」
私は歯を食いしばる。
「だから、魔王なんてお断りよ!」
思い切り力を込めて、私は障壁を前へと押し返す。
魔王から放たれた魔法は跳ね返り、魔王へと襲い掛かる。
「ティコ! キイ!」
「ミャウ!」
私の叫び声に呼応するように、ティコとキイが跳ね返った魔法へと風魔法をぶつける。
地面から上空へと向けて吹き上げる風によって魔法はねじ曲がり、魔王に直撃することなくそのまま空の彼方へと消え去った。
「な、なんということだ……。この俺が惜し負けただけではなく、情けまでかけられるとはな……」
魔王が尻餅をついて呆然としている。
かと思ったら、急に笑い始めた。
「くははははっ。実に気に入った。ますます俺の伴侶として欲しくなったな」
げっ、この魔王、まだ諦めてないのね。
だけど、さっきまでの怖い顔とは違って、どこかすっきりとした表情になっている。
「俺の完敗だな。仕方がない、今回は諦めてやろうではないか」
魔王はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「それだけの力を持ち、自分を殺そうとした相手にまで情けをかける。なんというお人好しだ。一人で気ままに暮らすというのなら、魔王城でもできるというものだ。それでも嫌なのか?」
「当然です。私は今の場所が気に入っているんです。あの場所を離れる気なんてありません」
「……そうか。ならばその場所を吹き飛ばしてやろうか?」
魔王が恐ろしいことを言うものだから、私が軽蔑の目を向けてやった。
そしたら、魔王は頭をかきながら参ったなという表情を見せていた。
「負けたというのに、なんだろうかな、このすっきりとした気持ちは。このようなことは初めてだ。アイラとかいったな」
「なんですか」
「ふむ、いい目だ。魔族というものは、敗者は勝者のいうことに従うものだ。お前が望むのであるのなら、人間との停戦をここに誓おうではないか」
「ま、まことでございますか、魔王様」
ピゲストロさんもこの驚きようだった。
「俺は嘘はいわん。だが、条件がある」
「……なんでしょうか」
嫌な予感しかしないけれど、一応話を聞いておこうかしら。
「時折、魔王城に遊びに来てくれ。城のみんなに俺に勝った女だと紹介してやろうではないか」
「それはやめて下さい」
魔王がふざけた紹介をしようと画策しているので、即断っておいた。
だけど、私が遊びに行くだけで平和になるのなら、それは受け入れることにした。
「まったく、お前も生意気になったものだな、ピゲストロ」
「はっ。ですが、我の選択は間違っていなかったと、より確信を深めました」
ピゲストロが答えると、魔王は無言で笑みを浮かべてそのまま北の空へと飛び去っていった。
私は、魔王を追い返すことに成功したようだ。
魔王が立ち去ると、私の目の前がぐるぐると回り始める。
「アイラ殿!?」
私はその場に倒れてしまい、ピゲストロさんや二匹の従魔の声が少しずつ遠のいていくのだった。




