EPISODE7、圧倒的強者?
「これで貴方一人。忠告はしたからね?絶対逃がさないから」
「逃げも隠れもしねぇよッ!結局、俺様がいりゃ関係ねぇからよッ!」
ブラセは行動を起こす。
速い。
俺じゃ目で追えない…!
犯罪ギルドの【ブラック・ブラック】は、実質こいつ一人で成り立っているものだ。
どんな戦況も覆す実力者。
どんな状況でも生き残る術を合わせ持った奴だ。
筋骨隆々のくせに俊敏で破壊力もある。
俺が捉えた頃には、少女に棍棒が振り下ろされていた。一撃で脳天を叩き潰す勢いだ。
なのに少女は避けようともしない。
死ぬぞ…!
衝突音と共に爆風が吹き荒れて家は粉々。
俺は瓦礫の下敷きになるが粉砕された木片の山が、運良く乗っかてるだけだ。
顔も出せている。
ブラセは下卑た笑みを浮かべながら高笑い。
負ける未来が見えないと思っていたが…、避けようともしないなんて…。
殺せと言っているようなもんだ!
「おいポンコツッ!あのメイドも殺したら次に殺してやるよぉッ!!」
馬鹿みたいな高笑いが響く。
女の子たった一人守れないなんて…どこまで情けないんだ…!
駄目だ…。体を動かそうにも動けない…!
「これが全力なのかな?」
ーー少女の声だ。
異変を感じ取ったのか、ブラセは飛び退いて距離を取っていた。
俺も少女の姿を確認すると何事も無かったように残る階段へ腰を掛けている。
そして、月明かりに照らされた少女の不敵な笑みだけが光っていた。
「あ、ありえねぇ…!どうやって防ぎやがった!?」
魔法を発動させた素振りもない。
本当にただ受けただけなのか?
「この程度だったら避ける必要ないからさ」
少女は欠伸をして目を擦る。
圧倒的な強者という存在感。
俺の憧れそのものだった。
「こんなこと…あるはずがねぇッ!!」
ブラセは激昂し、少女へ棍棒で連撃を浴びせてみせる。
目ではっきりと捉える事は出来ないが、少女は右手の爪を気にしている様子で繰り出される連撃を左手だけで弾いていた。
先に根を上げたのは、ブラセの方だ。
息を切らし、下卑た表情は絶望に歪む。
相手を嘗めきっていたブラセでも、実力差が開いていることは明白。
あの2人に【負け】はないと俺は確信した。
ブラセ相手に見せつけた圧倒的実力差。
逆立ちしても敵わない。
少女はゆっくりと立ち上がり、階段から下りようと足を踏み出すと畏怖したブラセは地面に頭を擦り付けていた。
「俺様が悪かった…!命だけは助けてくれッ!貰った宝石も金も返す…!!」
命乞い。
死線を潜り抜けてきた悪党でも命は流石に惜しいらしいな。
「先に手を出して来たのはそっちだからね」
それはどっちかというと少女のような気がする。
というツッコミを心の奥に押し込む。
「なら!ギルドを解散する!てめぇらにも手は出さねぇッ!」
助かるためだけの方弁。
簡単に解散できるならとっくに解散している。
少女を前にして助かる見込みはない。
「うーん…?」
少女の口角が緩む。
さっきまでの圧倒的な強者という風格が崩れ去り迷い始めていた。
そこは迷うなよ…!
「更生の余地…あるのかなぁ?」
ないないっ!
ある訳ないだろ!
何言ってんだこいつ…!!
「コイツって他にどんな悪い事したの?」
少女がメイドに聞く。
「悪行は数知れずですが…」
だろうな。
そう思っていた俺も度肝を抜かれる事をメイドは淡々と語り始めた。
「最近だと妊婦を襲い体の隅々まで堪能した後、赤子を引き摺り出し、妊婦までも手にかけていますね」
流石の俺でも腸が煮えくり返るほどの所業だ。
メイドの情報の信憑性が高いのか、少女は頷いている。
迷う必要はない。
俺は少しずつ体を動かし瓦礫を避け立ち上がる事が出来ていた。
少女のやり取りを見ていて、苛立ちを覚えていたのか動かないはずの体は感情のみが後押ししているみたいだ。
荒くなった呼吸のまま、傍に落ちていた手下の短剣を拾いあげていた。
「今…ここでやらなきゃ…こいつは絶対また誰かを苦しめるぞ…!」
そうだ。
更生の余地なんてない。
「お前がやらないなら…俺がやる…!」
ふらついたまま、ブラセに近付こうとする。
するとブラセは俺の首に腕を回して締め付けた。
「てめぇら、このポンコツの仲間だろ?おかしな動きをしてみろ!首をへし折ってやるぜ!」
感情に流されて行動した結果がこれだ。
弱い癖に出しゃばったせいで、また2人に迷惑を掛けてしまった。
だがな…ブラセ。
俺には人質の価値はない。
「残念…だったな。あの2人に俺を助ける義理はねぇ…このまま俺と死んでもらうぜ…!」
「なんだと!?」
ブラセは更に強く首を絞め上げる。
「俺ごと…や…やれ…!」
最後まで情けねぇ…。
自分じゃどうにもならないから結局は他人の力を借りるしないなんてな。
「君の願いに応えて楽にしてあげる」
少女が俺に右手を向ける。
これでいい。
こんな結果になったのも、俺に力がないからだ。
俺に力があれば、あの2人の手を借りる必要だって…いや、出会うことさえなかった。
白銀王と一緒に今頃、魔王軍領にいるはずだからだ。
「業炎火」
少女が魔法を唱えると紅き炎が右腕を包み込む。
あっという間に火の海だ。
「獄炎」
少女が放った炎は、どす黒い炎を纏い、俺とブラセを包み込んだ。
全身に広がる痛み。
ブラセは身を焼かれ絶叫している。
周囲の音さえ、気にならなくなってきた。
これでいい。これで良かったんだ。
情けねぇ最後だったけど…やっぱり、
ーー見返してやりたかったな。